日本の地震災害の報告と救済基金について

 

2011年3月28日(日)

親愛なる皆様へ

 

 皆様もご存じのとおり、日本の東北地方沿岸部に2011年3月11日、マグニチュード9.0の巨大地震が発生し、数分後に壊滅的な津波が沿岸部を襲いました。東北地方沿岸部の状況は映像ニュースが最もわかりやすいでしょう。この二重の災害で人命と家・財産を失われた多くのご遺族の方々の途方にくれる苦しみは今も延々と続いています。最も壊滅的な被害を受けた地域は近づくこともできず、被災地は、北は宮古市、岩手県から南は茨城県北茨城市にまで広範囲に渡っています。さらに悪いことに、この中間に位置する福島県の原子力発電所が破壊され、大気や飲み水、野菜などの広範囲に渡る放射能の放出を防ぐためにメルトダウンを食い止めようと今も必死の努力が続いています。

 

 東京や横浜などの人口が集中する首都圏での日常生活も影響を受けています。毎日、何万人もの日本人の通勤に使われる電車や地下鉄などの交通機関が地震直後は24時間停止して大勢の人々が帰宅できなくなりました。今も続く大きな地震や余震、不安定な電力供給で郊外の住民は通勤できないままです。深刻なガソリン不足のなか、極度に必要としている東北地方への供給が優先され、不足に拍車をかけています。東京の店舗からは乳製品とパンと米が消え、首都圏及び周辺地域では、節電のために計画停電が行われています。日本は比較的に地震や津波には慣れているとはいえ、今回の災害は想像を絶した未曾有の規模で国全体が衝撃を受けています。

 

 ラーマクリシュナ・ミッションは自然災害の被災者に対して大規模な救済活動を行ってきた長い歴史があります。その日本支部を担う私たち僧と日本ヴェーダーンタ協会の信者は、国家的危機に瀕している現在、何か私たちが被災者にできることはないかと思案しています。そのひとつとして、信者や友人の輪を通じて日本国内及び海外の共感する人たちからの義援金を集めることも計画しています。実際、地震が起きてから、私たちはインドや多くの国々から数多くの電話やメールを受けています。同情やお見舞いの言葉、被災者への祈りだけではなく、この惨状を助けるために何をすべきでしょうかとの問い合わせもあります。

 

 このような状況の中、私たちは救済基金への義援金活動に皆様のご理解とご協力をお願いしたいと思います。可能であれば皆様それぞれが積極的に義援金活動を実施していだたき、集まった義援金をラーマクリシュナ・ミッション日本支部にご送金下さいますようお願い申し上げます。私たちは皆さまに代わって、被災者への義援金を地方自治体やできるだけ多くの被災地の市役所に送ります。もちろんこれらの支出については記録を残します。義援金の送付先の詳細は以下のとおりです。

 

       日本ヴェーダーンタ協会の口座

       取扱銀行:みずほ銀行 鎌倉支店

       銀行住所:〒248-0012 神奈川県鎌倉市御成町11-35

                       TEL: 0467-23-1155  

       口  座  名:宗教法人日本ヴェーダーンタ協会 または

            シユウ)ニホンヴエーダーンタキヨウカイ 

       口座番号:支店番号760 (普通)口座番号 1114571

 

 金額に関わらず皆様のご協力で集められた義援金は、皆様とご友人からの親切な慈悲深い心の表れとしてこの国の被災者に大いに感謝されることでしょう。


 なお、実際に義援金を送金される場合は、必ず金額と送金者名と銀行情報、送金日をメールにて私たちにお知らせ下さい。この義援金に関する連絡はすべて下記のアドレス宛てにお願いいたします。

 

 義援金専用アドレス: jprelief@gmail.com

 

                                                   慈悲の敬意と祈りを込めて 

                   スワーミー・メダサーナンダ

 

日本ヴェーダーンタ協会 日本災害救済基金のお願い.pdf
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活動報告

★2011.7.10 福島県双葉町の避難者支援活動

Serving lunch at a shelter for Fukushima area evacuees in Saitama Prefecture.(July 10, 2011)

710日(日)マハーラージ他、信者・ボランティア合計一八名は、埼玉県加須市にある廃校校舎施設の旧埼玉県立騎西高校校舎を訪問しました。ここでは、福島第一原子力発電所の五号機と六号機が町内に立地している福島県双葉町の町役場と住民約900人が避難所生活を送っておられます。協会は、義援金により、この被災者の方々に昼食の炊き出しを奉仕申し上げました。メニューはご飯・チキンカレー・サラダのセットで、調理はカルカッタ・レストランのチャンドラーニ氏に委託しました。

 この日は約300人の方々は仕事に出ておられたので、結局600人の被災者の方々にランチを提供できましたが、日頃の日本食とは違った本場インドのカレーライスを大変に喜んでくださいました。

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★2011.7.5 東日本大震災 岩手県陸前高田市の避難所訪問

Vedanta Society's Visit to Iwate-ken Rikuzentakata and Giving Relief (Jul.5,2011)

74日、岩手県陸前高田市役所「災害対策本部」に、ポロシャツ400枚、Tシャツ400枚を宅配便にてお届けいたしました。

 

75日、スワーミーと協会スタッフは、岩手県陸前高田市役所「災害対策本部」に行き、現地スタッフの方と打ち合わせの後、「広田地区災害対策本部」である陸前高田市立広田小学校へ、ポロシャツ500枚をお届けいたしました。

小学校のグランドに建てられた仮設住宅にお伺いしてお話を聞いたり、地元の方々や子供たちと触れ合うことができました。

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★2011.6.21 岩手県の支援物資倉庫に支援物資送る

621日、岩手県の支援物資倉庫である「岩手産業文化センター『アピオ』に、現在必要な物資を調べ、下記の支援物資を宅配便にて送りました。

洗濯用洗剤 1kg×80個、台所用洗剤 250g×150本、調理用手袋 ×2000

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★2011.4.26 東日本大震災 いわき市の避難所訪問

Vedanta Society's First Visit to Fukushima and Giving Relief (Apr.26,2011)

426日の支援物資>

玉葱Onions×40kg、じゃがいもPotatoes×20kg、にんじんCarrots×10kg、キャベツCabbage×32個、大根Radish×32本、小松菜Komatsuna×20袋、ごぼうBurdocks×120本、オレンジOranges×210個、キュウイKiwi Fruits×150個、お菓子多数Many Candies

ノ-トNote Books×180冊、お絵かき帳Drawing Pads×30冊、ボ-ルペンPens×200本、色鉛筆(12) Colored pencils×108セット、鉛筆削りPencil sharpeners×12個、消しゴムEraser×89個、鉛筆Pencils×992

 東日本大震災 いわき市の避難所訪問

 

4月26日、マハラージと共に、福島県いわき市の避難所を訪問して参りましたのでご報告いたします。 同行させていただいたのは、三田村さん、鈴木敦さんと私シャンティで、前日にいわき市の避難所で今必要とされているものをお聞きし、3人で野菜や果物、文具類を沢山購入していきました。

26日朝500に野菜数種類をシュラインにお捧げし、全員で祈りを捧げ、5:10協会よりセレナで出発いたしました。

915いわき湯本インターに到着。私たちは道中、道がデコボコに隆起していたり亀裂が入っていたり、家が崩れていたり、車が逆さになってめちゃくちゃになっていたりと、震災のすさまじさを目の当たりにしました。ただ、コンビニエンスストア-もあいていて、ライフラインも復旧しており、復興の兆しもありました。

 

いわきに入って、私たちはまず小名浜港周辺を視察しました。大型漁船が陸まで打ち上げられていたり、施設が大破している様は、津波の威力の大きさと恐ろしさを物語っていました。海岸線の家々もかなり被害を受けておりました。

1000日本ユニバ震災対策チームのボランティアセンターに到着。そこで、担当の小松ひろ美さんに現在の避難所の状態と「今何が必要か」についてお話をお聞きしました。それから各避難所に連絡していただき、私たちが準備した物資を、今必要としている避難所に直接伺って届ける事にいたしました。

 

初めに訪れたのは、江名町にある143人が暮らす江名小学校です。ここは物資が沢山余っていて逆に野菜等は腐らないようにするのが大変だということで、物資ではなく、被災された方々と個人的にお話させていただきました。ここには80歳前後のお年寄りも多く、中には社会福祉協議会のスタッフだと偽った詐欺にあったご老人もおり、人との話を避けている方もおりました。でも話をするうちだんだん打ち解けてきて、色々身の上を話してくれ、最後は笑顔になっていました。また、アメリカ人の被災者もいらしたのでマハラージが沢山お話を聞いておりました。被災された皆様のお気持ちを考えると、内部の写真は撮れなかったので、小学校の外観を撮りました。

 

次に、泉町にある57人の避難所、泉公民館に行きました。ここは役所からの支給が缶詰やパン、インスタントものばかりなので、独自に調理場を作り、自炊を始めた避難所です。行政が行き届かない面を自分達でなんとかしようと、被災者の中からリーダー格のご夫妻が現れ、その方が皆さんをまとめ、物資を振り分け、料理も奥様が一人で準備していました。

ただ、物資の件では「腐ってしまってももったいないので、ここには必要な分だけで良いから、他の施設にまわしてください」という事で、必要な野菜類と文具をさしあげました。

ここでも今の状況や避難所の問題点など色々お聞きし、皆さんと沢山お話をさせていただきました。ここはリーダーの方が陽気でフレンドリーだったので、被災された皆様もアットホームな感じで、皆さんで写真を撮ることができました。

 

私たちが今回現地に赴いて初めてわかった事は「今物資はほとんど足りている」という事。また避難所に居られない集落の方々も、「地元民の考え方の相違」があり、なかなか一般人のボランティア受け入れは難しいということでした。

 

そしてボランティアセンターのスタッフも言っておりましたが、今必要なのは「話を聞いてあげる事」だと思いました。いつ終わるかもわからない暗い耐乏生活。ゆっくり休む事ができない過酷な環境。そして人が集まればそれだけトラブルも起こり、人間不信やストレスを抱え、やり場のない気持ちを吐き出す事もできず、どうすることもできないという状態でした。ただ、どこの避難所でも物資もボランティアも充分来ているようで、大切なのは心のケアだと痛感いたしました。

 

その後、日本ユニバのボランティアセンターに戻り、配れなかった物資をお渡ししました。

 

1700日本ユニバを後にし、私たちは海岸線を通って、原発からおよそ40km付近の四倉町まで足を伸ばしました。だんだん原発に近くなっていくにつれ人の気配がなくなり、恐ろしい津波の爪あとが露呈してきました。

瓦礫と化した家々の中に、わずかに残った柱だけの家には、茶碗の破片や布団など津波が来るその瞬間まで普通の生活が営まれていた証拠がそこに残っており、一層悲しみが深まりました。テトラポットが山の中にあったり、林の中に船や車、そこにあるはずのないものが沢山ありました。

そして悲しい叫びが聞こえてくるようで、激しい頭痛と胸が張り裂ける思いがしてきました。

1800頃いわき市を出て、2130頃私たちは無事協会に戻りました。

被災地支援ばかりではなく、広く「セヴァとは何か。自分達は何ができるのか」を考えさせられた1日でした。

突然決行されたこの被災地訪問が、終始無事に終われましたことをタクールに感謝いたします。

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★4月6日、毛布を含め3回目の支援物資を届けて参りました。

3回分の物資の内容は下記のとおりです。

*支援物資の内容(アイテム)は「逗子市の受け入れ物資」に準じています。

 

毛布101枚、タオル183枚、幼児用おむつ600枚、幼児用粉ミルク14個、大人用おむつ298枚、マスク1550個、石鹸75個、トイレットペーパー300個、生理用品198個、ティッシュボックス65個、ウェットティッシュ93個、新品官製はがき500枚、水(2L38本 (更新4月6日)


日本ヴェーダーンタ協会は、43日、逗子市が行っている「東日本大震災における救援 物資受付所」に、2回目の支援物資を届けて参りました。

今回の救援物資は品数が多かったので、信者の音楽スタジオで梱包や準備をしてから逗子市役所へお届けしました。準備には6歳から8歳の小学生5人も手伝い、物資には子供達からの手紙も貼り付けさせていただきました。

★329日、日本ヴェーダーンタ協会は、逗子市が行っている「東日本大震災における 救援物資受付所」に支援物資を届けて参りました。

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