今月のニュースレター

 

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ヴェーダーンタ協会ニュースレター(日本語版)

日本ヴェーターンタ協会の最新情報

20244月 第22 巻 第4

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かく語りき――聖人の言葉

 

誰にも風向きを変えることはできませんが、目的地にたどり着くために帆を調整することはできます。

…シュリー・ラームチャンドラ

 

自己認識を達成できるのは 2 種類の人だけです。学んだことにまったく邪魔されていない人、つまり心が他者からの借り物の考えでいっぱいでない人たちと、あらゆる聖典と科学を学んだ後に、自分が何も知らないことに気づいた人たちです。

…シュリー・ラーマクリシュナ

 

許すということは、囚人を解放することであり、その囚人が自分であったことを発見することです。

…ルイス・B・スメズ

 

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目次

・かく語りき――聖人の言葉

・お知らせ

20246月の生誕日

・シュリー・ラーマクリシュナ生誕祝賀会講義

スワーミー・メーダサーナンダ

2024330日インド人グループの協会訪問の報告

ニーハリカ、アッパジ

・忘れられない物語

・今月の思想

 

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お知らせ

・各プログラムに参加を希望される方は、協会までご一報ください。

・日本ヴェーダーンタ協会の行事予定はホームページをご確認ください。

https://www.vedantajp.com/

 

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20246月生誕日 

ヴィッシュダ・シッダーンタ(Vishuddha Siddhanta)暦では、20246月に生誕日はありません。

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2024317

シュリー・ラーマクリシュナ生誕祝賀会講義

スワーミー・メーダサーナンダ

 

シュリー・ラーマクリシュナは現代のインドの神人(God-man)として知られています。私たちは神を知っていますし、人間も知っていますが、この二つを組み合わせると混乱する人がいるかもしれません。

 

神人とは、例えばお釈迦様や主イエスなど、人間の姿に具現化した神のことです。神人は「神の化身」とも呼ばれます。

 

なぜ神が人間として生まれるのでしょうか?神人の生誕は他の人間とは異なり、カルマの法則によって支配されません。彼らはご自身の甘美な意志によって生まれてきます。もちろん、彼らには、苦しむ人類に喜び、平安、知識の道を示すという使命があります。そして、神は世界の創造者であるため、道を示すのは神人の責任です。さらに、私たちは神人を通して神を愛することができます。抽象的な神と自分を同一視するのは難しいですが、人間の姿をした神と自分を同一視するのはより簡単だからです。

 

シュリー・ラーマクリシュナの生涯とメッセージの特徴は何でしょうか?まず第一に、彼の生涯は神が神話上の存在ではないということを立証しています。神は、無知で利己的で迷信深い人々の想像ではなく、現実なのです。シュリー・ラーマクリシュナは、すべての宗教が同じ目標、つまり神の悟りに導くことも立証しています。キリスト教、イスラム教、仏教、ヒンドゥ教はすべて「神の悟り」という同じ目標に導くということです。この結論は、知性によるものではなく、悟りに基づいています。シュリー・ラーマクリシュナが、「信仰の数だけ悟りの道がある」という深いコメントを残したのはそういう理由からです。

 

また、シュリー・ラーマクリシュナのメッセージは、私たち自身とその周りに平安がなくても平安を得る唯一の方法を明かしています。永続的な喜びを得る唯一の方法、人生のあらゆる問題を解決する唯一の方法、それは「神の悟り」です。

 

ウパニシャドには次のような美しい詩があります。[※1]

Shrinwantu vishwe amritasya putra/aye dhamani divyani tashtu/vedahametam purusham mahantam/aditya varanam tamasa parastat/tvameva vidithva

ati mrityu meti/nanyah pantha vidyathe ayanaya

 

シュリンワントゥ ヴィシュウェ アムリタッスャ プトラ/アイェ ダーマニ ディヴャニ タシュトゥ/ヴェーダハメタム プルシャム マハンタム/アディティヤ ヴァラナム タマサ パラスタット/トゥワメーヴァ ヴィディトゥヴァ アティ ムリトュ メティ/ナニヤ パンタ ヴィディヤテ アヤナヤ 

 

神が存在しないことを証明する学術論文や本を書いている無神論者および著名な教授はたくさんいます。それはいいのですが、彼らは同時に心の平安を得る方法を示していません。神が存在しないことを論理的に証明するのは簡単ですが、彼らは平安がないときに平安を得る方法、人生に関するすべての問題を解決する方法についての(神の悟り以外の)代替案を示すことができません。何かを破壊するのは簡単ですが、何かを建設的に打ち立てるのはとても難しいです。長年にわたって多くの試みが行われてきましたが、永続的な心の平安、永続する喜び、至高の知識を得るには、神を信仰し呼び求める以外に方法はありません。だから今でもシュリー・クリシュナのメッセージ、お釈迦様のメッセージ、キリストのメッセージは、何百万もの人々の生活に平安をもたらすのに非常に効果的なのです。

 

シュリー・ラーマクリシュナは生前、平安と喜びへの道を示し、多くの人に解脱を与えました。彼は彼のメッセージ、つまりヴェーダーンタのメッセージ、彼の人生で体現されたヴェーダーンタのメッセージを世界中に広めるために、スワーミー・ヴィヴェーカーナンダを訓練しました。

 

シュリー・ラーマクリシュナは、照らされた魂たちの僧侶集団を生み出すことで、ラーマクリシュナ僧団と名付けられる僧団の種を蒔きました。この僧団は、「アートマナ・モクシャルタム、ジャガド・ヒタヤ・チャ」、「自らの解脱」と「苦しむ人類への奉仕」のために働きます。この二つは、ラーマクリシュナ僧団設立の礎(いしずえ)となる原理です。インド人は、ラーマクリシュナ僧院がインドの約200のセンターを通じて病人、貧しい人々、部族の人々にどのように奉仕してきたかについて、公正な考えを持っています。残念ながら、外国人のほとんどは、ラーマクリシュナ僧団がインドでどのように奉仕してきたか全然知りません。今はインターネットのおかげで簡単に検索できるので、自分で検索してラーマクリシュナ僧院の活動を知ることができます。ですので、まだしていないなら、インターネットで検索してラーマクリシュナ僧院の奉仕について知ってください。

 

シュリー・ラーマクリシュナは、女性の母性面を強調するためにホーリー・マザー・シュリー・サーラダー・デーヴィーを残されました。彼が選んだ神はマザー・カーリーでした。彼のタントラのグルは女性聖者であるバイラヴィ・ブラフマニでした。シュリー・ラーマクリシュナは究極に放棄した方でしたが、霊的伴侶であるホーリー・マザー・シュリー・サーラダー・デーヴィーが彼と一緒にいることを許しました。彼はホーリー・マザーが女性の母としての側面のお模範となるように訓練しました。子供を産んだかどうかに関係なく、すべての女性がこの特性、つまり人生の中で母性をあらわすことができます。

 

シュリー・ラーマクリシュナはまた、教師であったシュリー・マヘンドラナート・グプタ(Mさん)に、ご自身の最高に貴重な霊性の教えを記録するよう指示しました。Mさんは、シュリー・ラーマクリシュナのもとを訪れると、日記にシュリー・ラーマクリシュナとの会話を記録しました。教鞭をとる学校から家に帰った後に、Mさんは紙とペンを持って座り、シュリー・ラーマクリシュナが話した内容を記憶からかき集めました。彼は「それらを書き留めるのに時には 34 時間、場合によってはそれ以上かかることもある」と言いました。だからこそ、M さんが記したシュリー・ラーマクリシュナのメッセージの記録は、非常に信頼できる本物なのです。

 

私が、Mさんがシュリー・ラーマクリシュナのメッセージを記録するために指名された、と言うのには理由があります。ある時、シュリー・ラーマクリシュナのもう一人の直弟子であるスワーミー・シヴァーナンダが、シュリー・ラーマクリシュナのもとを訪れたとき、彼が話す言葉をすべて覚えようとしているかのように、彼を熱心に見つめていました。シュリー・ラーマクリシュナはこれを見て、その理由を尋ねました。シュリー・ラーマクリシュナは、シヴァーナンダジーもその日に起こった会話を記録していることが分かりました。シュリー・ラーマクリシュナは、「この仕事はお前に向けられたものではない。すでに別の人に任しているのだよ」と言いました。シヴァーナンダジーは会話を記録した紙をガンジス川に投げ込みました。ベンガル語で書かれた原本のタイトルは『シュリー・シュリー・ラーマクリシュナ カタムリタ』です。文字通り英語に訳すと『シュリー・ラーマクリシュナの甘露のような言葉』になります。最初は5巻で出版されました。「カタムリタ」という言葉は、インドの古い経典の一つであるシュリーマッド・バーガヴァタムから作られた言葉です。 『バーガヴァタム』には次のような一節があります。[※2]

 

tava kathāmta tapta-jīvana kavibhir īita kalmaāpaham

śravaa-magala śrīmad ātata bhuvi gṛṇanti ye bhūri-dā janā

 

タヴァ カタームリタム タプタ ジーヴァナム カビビリーディタム カルマーシャパハム

シュラヴァナ マンガラン シュリマダータタム ブヴィ グリナンティエ ブーリダー ジャナーハ 

SB10..31.9) 

 

ベンガル語にはもちろんさまざまな種類の本、小説、童話、詩などがあります。現在でもその中で最も売れているのが『カタムリタ』です。この本の著作権が切れると、多くの出版社がこの本を出版しました。しかし、出版社が印刷したものはすべて売り切れました。

 

Mさんは学校の校長で時には2 時間、また時には3 時間、さまざまな学校で教えていました。その後、彼自身も学校を設立し、その学長になりました。彼はこの本を自分が設立した学校で紹介し、カリキュラムに組み入れました。Mさんが『カタムリタ』の販促のために学校で紹介したのではないかと批判する人もいました。Mさんはこの批判を知っていましたが、動じませんでした。Mさんは、「この本を読んだ若い生徒たちは、今はこの本の価値を理解していないかもしれないが、彼らが大人になり、お金を稼ぎ、結婚し、子供を持ち、人生の厳しい現実に直面した時に初めて、人生のあらゆる災難の中に平安をもたらす『カタムリタ』の大きな価値を理解するでしょう」と言いました。

 

スワーミー・ブラフマーナンダが当時の東ベンガル州のある場所を訪れていたときのことです。ある若者が、妹をブラフマーナンダジーに紹介して貴重なアドバイスをもらいたいと考えていましたが、そのチャンスはありませんでした。仕方なく青年はマハーラージが電車に乗る駅まで妹を連れて行きました。電車がまもなく発車しようとしているときに、彼らはブラフマーナンダジーに会いました。ブラフマーナンダジーは妹にこう言いました。「娘よ、今はあなたに長い霊的な話をする時間はないので、短い霊的アドバイスをします。『カタムリタ』を毎日読みなさい。それはあなたの人生に充実感をもたらすでしょう」

 

ですから、ここに集まった人たちが、何の問題もトラブルもなく人生が平安と喜びに満ちているなら、『カタムリタ』を読む必要はありません。しかし、もしあなたの人生はバラ色などではなく、とげがあり厄介だと感じているのなら、心的平安を得る方法、人生の問題を解決する方法、そして解決策を知りたいと思うはずです。あなたの人生に充実感をもたらす方法を知りたいなら、あなたの人生の荒海をうまく航行し、充実感をもたらす本をたった一冊読んでください。それが、『ラーマクリシュナの福音』つまり『カタムリタ』です。

 

[※1]         

聞け、汝ら、不死の至福の子らよ、また汝ら、高き諸天に棲む神々よ、蒙(くら)さを啓(ひら)かれた者たちの足跡のみをたどれ、そして絶えざる瞑想によって、思考器官と知性との両方を永遠のブラフマンに没入せしめよ。栄光に満ちた主が、汝に掲示されるであろう。

(シュヴェーターシュヴァタラ・ウパニシャド25

 

[※2]

あなた(神)の言葉は甘露(不死の飲み物)です。

(あなたを理解すれば)熱のような苦しみ悲しみを超越できます。

(あなたの言葉を聞いて実践すれば)罪が取り除かれます。

(尊敬を持ってあなたの言葉を聞けば)幸福を得られます。

あなたの美しさは空のように広く(永遠で風のように遍在です)

良いカルマの結果で、あなたを好きになることができます。

(シュリーマッド・バーガヴァタム1031.9

(翻訳は福音勉強会第19回~22回より)

 

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2024330日インド人グループの協会訪問の報告

 

ニーハリカと申します。私は家族とともに東京に約 18 年間住んでいます。 シュリナート・サッティヤ・ムールティさんは、10 家族からなる私たちのグループにヴィシュヌ・サハスラナマムを教えてくれました。私たちの霊的議論の中で、彼はラーマクリシュナ・アーシュラム(日本ヴェーダーンタ協会)とそこで行われる儀式について話しました。そこで私たちはすぐに聖地を訪れたいと願い出ました。サーラダー・マータの生誕祝賀会の機会に、初めて訪問しました。

 

ラーマクリシュナ・アーシュラムを訪れたのはこれが初めてでした。このような至福の場所を訪れることができて、私たちはとても幸運で、幸せだと感じました。私たちはプージャに参加し、昼食をいただき、ホーリー・マザー・サーラダー・マータについてのスワーミージー(スワーミー・メーダサーナンダジー)の講話を聞きました。

 

最近、私たちシュリナートさんの生徒全員は、アーシュラムに二度目の訪問をしました。スワーミージーは私たち全員を歓迎し、貴重な時間を私たちと過ごしてくださいました。私たちはスワーミージーと一緒にヴィシュヌ・サハスラナマムを唱え、マハー・プラサードをいただきました。それからスワーミージーは、瞑想の重要性を含む多くの霊的側面を私たちに教え、非常に良い本を数冊勧められました。質疑応答では、私たち一人ひとりの問題を解いてくださいました。そして毎日必ず一定の時間を瞑想するように強調なさいました。私たちはスワーミージーからの学びと教えを実践し始めました。私たちは知識と知恵を高めるために定期的にアーシュラムを訪れるつもりです。私たちは今、できるだけ頻繁にアーシュラムを訪れることを楽しみにしています。

 

ニーハリカ、アッパジ

 

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忘れられない物語

 

「息子を引き取るものは誰であれ…」

 

ある非常に裕福な男性は、若くて優しい息子と共に情熱的にアート収集をしていた。彼らは一緒に世界中を旅し、素晴らしい宝物をコレクションに加えていった。

 

しかしその後、世界は戦争に突入し、若者は国に奉仕するために行った。ほんの数週間後、父親は地に引きずり込まれるような電報を受け取った。そこには、息子が仲間の兵士を安全な場所に運んでいる途中に死亡したと書かれていた。

 

彼は息子の死を嘆き悲しみ、長く耐え難い生活を送った。

 

雪の降る冬の朝、誰かが家のドアをたたいた。手に大きな荷物を持つ兵士だった。

 

「息子さんは私を助けようとして亡くなられました」訪問者はそう言って贈り物を老人に手渡した。 「私は大した芸術家ではありませんが、あなたにこれをクリスマスギフトとしてお渡ししたかったのです」

 

男は包みを開けて泣き崩れた。壁にかかっているピカソやモネとは異なり、その絵は彼以外の世界中の誰にとっても平凡な絵でしかなかった。それは息子の肖像画だった。優しい瞳、若々しい姿、息子は今にもフレームから出てきて父親にハグしそうだった。日が経つにつれて、それは彼の最も貴重な持ち物になった。

 

次の春、老人は短い病気の後に亡くなった。彼の遺言に従い、彼の不動産とその中のすべてが競売にかけられる準備が整った。誇りと所有物にまみれた数々の裕福な愛好家たちが、彼の膨大なコレクションのさまざまな芸術作品に注目していた。

 

「遺書には、故人の最もお気に入りの絵画からオークションを開始すべし、と明記されています」と競売人は発表した。 「彼の息子の肖像画です」

 

 

部屋が静まりかえった。アートコレクターの世界では、誰も正気では無名の画家の絵など欲しがらない。

 

100 ドルから入札を始めます」と競売人は言った。

 

誰も反応しなかった。1分後、参加者らは堪えかねてもぞもぞしだした。彼らは競売人に、他の有名な作品を先に競売にかけるよう言ったが、競売人は息子の肖像画が最初であると念押しした。

 

ついに、老人の友人が進み出た。「私はその青年を知っていました。彼は国のために奉仕して亡くなったのです。ですので、この肖像画を100 ドルで入札します」

100ドル」競売人は呼びかけた。「もっと上に行く人はいませんか?」

「他にいませんか?」しばらくの沈黙のあと、競売人は大声で叫んだ。 「これでいいですね?」 そして小槌がたたかれた。

 

会場は歓声に包まれた。安堵した聴衆の誰かが「いよいよ本物のオークションが始まるぞ」と言った。

 

「オークションは終了です」と競売人は遺言執行者を隣に立たせながら、唖然とする聴衆に告げた。

 

「遺書には明確にこう書かれています」 競売人は続けた。「息子を引き取った者がすべてを手にする」

 

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今月の思想

「若者が教会に行かないなら、非難されるべきである。しかし、老人が教会に行くなら、彼も非難されるべきである。老人にこの子供のお遊びは無用だ。教会はより高いものへの単なる準備であるべきなのだ。老人にとって、形やプラティカーやこれらすべての準備が、これ以上なんの役に立つのだ?」

…スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ

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