今月のニュースレター

 

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ヴェーダーンタ協会ニュースレター(日本語版)

日本ヴェーターンタ協会の最新情報

202110月 第19巻 第10

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かく語りき――聖人の言葉

 

霊性の実践とは、心で神の蓮華の御足を想い続けることと、神のお考えに没入することです。

…ホーリー・マザー・シュリー・サーラダー・デーヴィー

 

心は全ての活動の先駆けとなります。だから心は全ての知覚力のうちで最高のものです。全ての相対的な考えの源は心です。

…お釈迦様

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目次

・かく語りき――聖人の言葉

・お知らせ

202111月、12月の生誕日

・青梅リトリート レポート

泉田シャンティ

20219月 逗子例会 講話

「シャンカラーチャーリヤの賛歌 バジャ・ゴーヴィンダム」第2

スワーミー・メーダサーナンダ

20211023日青梅リトリート 午後の講話

「皆の母 ホーリー・マザー・シュリー・サーラダー・デーヴィー」

スワーミー・ディッヴィヤーナターナンダ

・忘れられない物語

・今月の思想

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~お知らせ~

コロナウイルスの影響のため、引き続きライブストリーミングやズームなどの配信を中心に、皆様にお届けいたします。 ズームに関するお問い合わせ、お申込みは下記にメールをお送りください。

zoom.nvk@gmail.com

 

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202111月、12月の生誕日

スワーミー・スボダーナンダ           1116日(火)

スワーミー・ヴィッギャーナーナンダ       1118日(木)

スワーミー・プレーマーナンダ          1212日(日)

クリスマスイブ                   1224日(金)

シュリー・サーラダー・デーヴィー          1226日(日)

スワーミー・シヴァーナンダ            1230日(木)

 

・日本ヴェーダーンタ協会の行事予定はホームページをご確認ください。

https://www.vedantajp.com/

 

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1022日~24日に、東京都青梅にて日本ヴェーダーンタ協会主催のリトリートが開催されました。泉田シャンティさんによるレポートを掲載いたします]

 

青梅リトリート

 

十月二十二日から二十四日まで、第二十一回戸外リトリートが東京都青梅にあるかんぽの宿青梅にて行われました。参加者は日帰り参加も含め21人。昨年は新型コロナウィルスのため中止となりましたが、今年は緊急事態宣言が明けてからの開催で、感染対策として、会議室、集会室、大広間など施設も貸し切り、個室、消毒、検温、マスク着用など徹底して行いました。

通常戸外リトリートは夏の開催ですが、今回は秋でしたので、初日はとても寒く雨でしたが、二日目からは雲一つない晴天に恵まれました。

今年のスワーミー・メーダサーナンダジによる特別講話は、「神意識の実践:シュリー・ラーマクリシュナの人生に照らして 」で、「目を閉じても神、目を開けても神」や、全ての中にシュリー・ラーマクリシュナを見る実践「ラーマクリシュナ化」という新しい言葉も印象的でした。

また今回は、アシスタント・スワーミーであるスワーミー・ディッヴャナターナンダジも初めて参加され、夕拝や賛歌の他、「皆の母 ホーリー・マザー・シュリー・サーラダー・デーヴィー」というテーマで講話もされました。

午後は近くの河原に散歩に行き、夜の集会では、参加者による歌の披露の他、佐藤洋子さんがオンライン出演で自作の賛歌「カルマと学び舎」を披露して拍手喝采を浴びました。また、二人のスワーミーがご一緒に「ドンノ ドンノ プシュペ ボラ」というインドの曲を美しい声で歌われました。参加者は家族のように温かく、リトリート期間中は終始、穏やかで神聖なバイブレーションに包まれた幸せな時間が流れていました。

コロナ禍での開催でしたが、休憩時間も私達とともに過ごしてくださり教えを垂れてくださったスワーミー・メーダサーナンダジ、美しい歌で魅了してくださったスワーミー・ディッヴャナターナンダジ、そしてシュリー・ラーマクリシュナとシュリー・サーラダー・デーヴィーの恩寵により、無事に開催できたことを心から感謝いたします。

 

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20219月逗子例会 講話

 「シャンカラーチャーリヤの賛歌 バジャ・ゴーヴィンダム」 第 2

スワーミー・メーダサーナンダ

 

20217月の例会から、シュリー・シャンカラーチャーリヤの有名な賛歌「バジャ・ゴーヴィンダム」の講話が再開されました。今回はその第2回目です]

 

バジャ・ゴーヴィンダムの最初の三つの詩節についてはすでにお話ししたので、今日は第4節から始めましょう。

 

ナリニイダラガタ

ジャラマティララム

タドヴァッジヴィタマティシャヤチャパラム

ヴィッディ ヴャーダビマーナグラスタム 

ローカム ショカハタム チャ サマスタム

 

蓮の葉の上の雨粒のように、人の人生は不確かだ;

全世界は、病気、エゴ、悲しみの餌食になっている。

 

[ここで、スワーミー・メーダサーナンダ(マハーラージ)は、参加者がよく理解できるように、庭で摘んだ蓮の葉にひと匙の水を垂らして、雨粒がどのようになるかをお見せになった]

 

シャンカラーチャーリヤは、皆さんが今見た例えを用いました。蓮の葉以外の葉では、これほど顕著に効果はあらわれません。

 

この世で一番不思議なこと

人生が不確かであるとは、蓮の葉の上の雨粒のように今にも落ちそうで不安定である、という意味です。また、私たちは病気、エゴ、悲しみの餌食である、と言ってます。これには二つのアイデアが示されています。一つ目は、人生は不確かである、ということ。二つ目は、人生は順風ではないということです。生きている限り、人生は病気、悲しみ、エゴの対象となり、すごく幸せに生きる、ということはできません。マハーバーラタ叙事詩に有名な話があります。ユディシュティラはパーンダヴァ兄弟の長兄で、とても高潔で霊的で智慧のある人でした。ある時ユディシュティラは、最も不思議なことは何ですか、という質問を受けました。ここで、ユディシュティラの答えの前に、別の物語の同じ質問をみてみましょう。ある骨董屋が一人の客から、この店で最も不思議なものは何ですか、と聞かれました。店主は自分自身を指さして、私がこの店で最も不思議なものです、と言いました。これも一つの答えです。私たちはそれぞれ生まれながらに不思議です。もし私たちが、意識の心、無意識の心、超意識の心を考えるなら、それぞれの人は独特です。だから私たちはユディシュティラの答えを知る前には、このように答えるかもしれませんね。しかし、この質問にはもっと大事な回答があります。ユディシュティラは答えます。

 

アハニー アハニ ブーターニ ガッチャンティ ヤママンディラム

シェシャハ スタヴァラム イッチャンティ キム アシュチャリャム アタハ パラム

 

一瞬間ごとに多くの人々が死の王の住処へと旅立っている。

しかし残された人たちは、自分は死なない、と思っている。これがこの世で最も不思議なことだ。

 

これは、このように言いかえることもできます。自分はいずれ死ぬ、ということは、誰もが知っている。死を目撃し、自分もいつか死ぬ、ということを理解している。しかし、こう思う、「私はいずれ死ぬ、でも今じゃない!」 と。だれも自分が永遠に生きるとは思っていないし、死にたくはないがいつかは死ななければならない、ということは分かっています。しかし、どうして死を恐れないのでしょうか? 緊張しないのでしょうか? なぜなら、彼らは「そうだ、私だっていつかは死ぬ。でも今じゃないのだから、人生を続けよう」と思っているからです。 しかし、死が訪れるのがいつか知っている人などいるでしょうか? 今日? この瞬間? それは誰も分かりません。

 

自然災害、伝染病、病気

自然災害や戦争で瞬時に亡くなる人がいます。1923年の関東大震災や、また第二次世界大戦中に日本では東京大空襲や長崎・広島の原爆で多くの人が亡くなり、世界を見渡せば何百万人もの人々が亡くなったことを考えてください。最近では2011年の東北地震と津波があげられます。どの出来事も、ほんの数分でいったいどれほど多くの人が亡くなったでしょう? もちろん世界大戦がいつも起きるわけではありません。しかし、地震や津波、火山噴火などの自然災害はランダムに起こるので、いつ起きるか誰にも分かりません。誰も知らないのです。いつでも、どんな瞬間も、どこでも、そのような出来事が起これば、私たちの人生は消えてしまいます。2021618日現在、コロナ・ウイルスの蔓延は400万人を超える命を奪いました。これは膨大な数ですが、それは人類史上初の広範な感染流行ではありません。これまで、ペスト、チフス、ハンセン病、インフルエンザ、天然痘、マラリアなどの感染流行があり、多くの村や市が荒廃し、非常に多くの人々が短期間で亡くなりました。癌は別の一般的な病気ですが、誰がいつ癌に苦しむことになるのかを知る人はいません。

 

私は旧知の外国人が入院した際にお見舞いに行ったときのことを思い出します。彼は当時50代で、アーティストであり素晴らしい歌手でした。彼はこれまでとても幸せに暮らしていた、と言いました。彼は数種類の検査を受けて癌であることが分かったのです。私が病院に見舞ったとき彼は言いました「スワーミージー、私はこれまでとても幸せな生活を送っていました。それが突然、全てが変わったのです。世界が完全に変わりました」。 このように、癌は静かに、警告なしにやってきます。誰もそれに気づかない。蓮の葉の上の雨粒のように。それなのに、私たちは「私はいつか死ぬが、でも今ではない」と思っているのです。 肝心ことは、今ではないと言っているのは誰か、今ではないと確証できる人などいない、ということです。今にも死ぬかもしれないとしたら、それに直面する準備はできていますか? 勇気や智慧をもって、死に立ち向かえるでしょうか。 答えは、イエスですか、ノーですか? 自分がもうすぐ死ぬことを知らされる人々がいます。死ぬまでに長い猶予がある場合(がん転移がない等)と短い猶予しかない場合があります。

 

パーリクシット王、呪われる

 バーガヴァタムの中に、パーリクシット王の物語があります。パーリクシット王は偉大な王でしたが、ある聖者の息子に呪われました。パーリクシット王は、パーンダヴァ兄弟の三男アルジュナの孫でアビマンユの息子であり、智慧に満ちていました。ある時、パーリクシット王は数名で森に狩猟に出かけました。森の中をさまよい歩き、とても喉が渇いたので水を探していると、聖者が瞑想しているところに遭遇しました。当時、家族と共に森で暮らしながら霊的実践をしている聖者に出会うことは、よくあることでした。パーリクシット王はその聖者に水を求めましたが、聖者は瞑想に深く没入していたので、パーリクシット王の願いが聞こえませんでした。二度三度、パーリクシット王は丁寧に尊敬を込めて願いを繰り返しましたが、返事はありません。

 

 それでパーリクシット王は非常に腹を立てました。腹が立ったらどのようになるか、皆さん知っていますね。礼儀を忘れてしまいます。激怒したパーリクシット王はヘビの死体を聖者の首にネックレスのようにかけました。それでも聖者はこのことに気づきませんでした。聖者には息子がいたのですが、その子は他の子どもたちと近くで遊んでいました。ある人がその息子に、王様がやってきて君のお父さんに水が欲しいといったのだが、お父さんは瞑想をしていたので何度いわれても返事をしなかった。怒った王様はヘビの死体をお父さんの首にかけた、と聖者の身に起こったことを伝えました。その子はとても有名な聖者の息子でしたので、霊的苦行を実践しており、霊力がありました。息子はお父さんのもとへ駆け寄り、ヘビの死体が首に巻かれているのを見ました。父への侮辱を見た息子は激怒し、「この侮辱を犯した者は、一週間以内にヘビに噛まれて死んでしまえ」と宣言しました。そのような人物が呪った言葉は実現します。

 

智慧と勇気をもって死に直面する

聖者がこのことを知ると深く悲しみ、そして息子を叱りました。「おまえは何をやってしまったのだ? パーリクシット王は素晴らしい王だったのだよ。私たちのような聖者を保護し、求めれば援助もしてくださる。王は水が欲しかったのに私が答えなかったので怒っただけなのだ。それなのにどうしてお前は王を呪ってしまったのです?」 そうは言っても、呪いの言葉はすでに発せられており、その呪いを撤回するすべはありませんでした。

 

しかし、呪いのことを聞いたパーリクシット王は、聖者の首にヘビの死体を巻いたことは間違いだったと気づき、「この呪いは当然の報いだ」と言いました。直ちにパーリクシット王は王位を放棄し、息子を後継ぎにしました。パーリクシット王は残された時を霊的実践に捧げるために、ガンジス川のほとりに行きました。この物語は、ヒンドゥ教の最も名高い聖典バーガヴァタムの冒頭で語られている話です。パーリクシット王は聖者の首にヘビの死体をかけてから七日後に、ヘビに噛まれて死ぬことを知っています。つまり、パーリクシット王は死の準備のために七日間の猶予が与えられたのです。

 

パーリクシット王は聖者たちがガンジス川のほとりに彼を訪ねてくるよう招待したので、多くの聖者がやってきました。王はその聖者たちに、どうか私の残された日々に神様のことをお話しください、と言いました。王は、私は王国の全てのこともこれまでの仕事の結果も永遠ではない、ということが分かったので、もっともっと永遠のこと、神様のこと、ブラフマンのことを知りたいのです、と言いました。多くの聖者が神について講義し、話をし、議論しました。ある時、当時のインドで最も偉大な聖者であったパラマハンサ・シュカデーヴァは自由な鳥のようにさ迷い歩いていたのですが、たまたまその場を訪れました。パーリクシット王を含め、皆、偉大なシュカが来られたことが分かると敬意を表して立ち上がり、深い尊敬の気持ちをもってシュカデーヴァを迎えました。パーリクシット王がシュカデーヴァに話をしてくださいとお願いすると、シュカデーヴァはシュリー・クリシュナの話を始めました。これこそが、死を近くに感じたものがとる霊的方法です。つまり、智慧と勇気をもって死に直面するのです。

 

無敵タイタニック

タイタニック号の悲劇で死を前にした人びとが取った態度についてお話しします。当時、イギリス人は「太陽は決して大英帝国には沈まない」と豪語していました。イギリスはかつて、力と富をとても誇っていましたが、それはインドなど世界中の植民地からの搾取で得たものでした。イギリスの海運会社ホワイトスターラインの巨大で近代的な旅客船タイタニック号も自慢の一つでした。ホワイトスターライン社は、この新しい船は決して沈まない、なぜなら技術的に非常に高度で、力強く、とてもよく作られているから、と宣伝しました。処女航海が大々的に宣伝されました。タイタニック号のニューヨーク行きの大航海は安全だとして、乗船代金はとても高く設定されました。一週間の航海中、エンターテインメントや豪華な食事が入念に手配され、これまでにないほど快適で豪華な旅が約束されていたので、金持ちたちは高い船賃など気にしませんでした。イギリスのサウスハンプトンを出港してから4日後のことです、ブリッジにいた一等航海士は舵輪に衝撃を感じました。何か大きなものに当たったようですが、誰も何も見なかったし、その徴候さえありませんでした。船長は最終的に、タイタニック号は全速力で巨大な氷山の水没部分にぶつかったのだと理解しました。厚い鋼鉄製の船体に大きな穴が開き、海水が船に入りだしました。船長は刻々と変化するタイタニック号の状況を乗客に説明しましたが、最終的にはこの船はもうすぐ沈むだろうということが分かりました。船長はその後、船の救命ボートを下げ、最初に女性と子供を優先するように指示しました。多くの乗客は、この混乱の中で自分は救命ボートには乗れないだろうから、全く生存のチャンスがないことを理解しました。絶望的な船に残った多くの乗客は、「どうせ死ぬのなら、音楽や喜びや楽しみのうちで死にたい」と、歌とダンスで最後の瞬間を楽しむことに決めたという報告があります。

 

快楽主義の終焉

さて、私たちは、パーリクシット王が死に直面したとき、全てを放棄して、ただ神のことだけを考えたかった、ということを知っています。それに比べ、沈みゆくタイタニック号の多くの乗客が証明するように、多数の人々は死に直面すると、それが数時間先、数分先であっても、お祭り騒ぎで最期を迎えることを選びます。そんな人たちの理想は、できるだけ長くできるだけ多く人生を楽しむことです。カタ・ウパニシャドは言います。そのような人びとは畑の作物のようだと。彼らは解脱を求めることなく、解脱を得ることなく、長い期間、生と死の繰り返しのサイクルにどっぷりつかっています。

 

シュリー・シャンカラーチャーリヤは死に直面している人達に、バジャ・ゴーヴィンダムを勧めます。これらは、死に直面している人の全く異なる二つの理想の姿です。さらにシャンカラは、生まれた者は誰もが苦しみの対象であり、その苦しみの原因は、エゴ、病気、悲しみである、と言います。喜びもありますが、エゴ、病気、悲しみが原因の苦しみは何度も何度も繰り返されます。これは、喜びや楽しみの中で人生を過ごしたい人びとの運命です。これを快楽主義的な生き方と言います。

 

神は万人に知らせてくださる

しかし、私たちの多くはもうすぐ死ぬ、という知らせを受け取ります。そうです、神は、最後の旅立ちの準備するときを皆に知らせてくださるのです。 どのように? 視力、聴力、肉体的な力がゆっくりと損なわれ、肌にはしわができ、髪は白髪になります。これも「準備せよ」「準備せよ」という警告を私たちに気づかせる奥深い方法です。歯医者に通い、眼科医で眼鏡を新調すれば、しばらくの間は全て順調だと感じるかもしれません。私たちはタイヤを交換し続けるのです。私たちはオイル漏れや壊れた部品を一つ一つ交換しますが、エンジンがいつか突然停止するとは考えない、つまり私たちの人生の旅は突然終わる、とは考えません。最終的には、タイヤを交換しても動かなくなります。現代医学は来たる死から私たちを救うことはできないのですから。ですから、私たちは皆、運命に直面する、すなわち死という運命に直面しなければならないということを心に留めておくべきです。死への準備をしようではありませんか。

 

死のイメージ

死が心に与える影響とはどのようなものでしょうか? 一般的に死のイメージは、とても痛い、怖い、です。どうして死をそんなに痛いものだと思うのでしょうか? 深刻で痛みを伴う病気にかかれば、死ぬまでずっと痛い、というイメージにおびえます。これは死ぬ前の肉体的な痛みのひとつのイメージです。死に際して精神的な痛みのイメージもあります。私たちはこの世の多くの人や物を愛し、それらに深く執着しています。死ぬということは、それらを全てあきらめ、身近な愛する全てのものから離れざるを得ないことを意味します。このことが精神的な苦痛を引き起こすのです。

 

どうして死は恐ろしいのでしょうか? それは「未知」という恐怖です。死んだら何が起こるのか、どうなるのか分からない、という恐怖です。私たちにはその経験の記憶がありませんから。さらに、自分の存在がなくなる、という考えも、痛みや恐れの原因です。これらは死のネガティブなイメージです。その源は執着です。自分の身体、心、人々、友など、この世のものへの執着です。

 

なぜ死ぬのか

基本的な疑問が残ります。なぜ死ななければならないのでしょうか?(笑い) 答えは、いかなる化合物もいずれは分解される、ということです。それは自然の摂理です。五つの重要な要素とは、土、水、火、空気、エーテルのことです。私たちの身体もそうですが、それらの要素から生じ、構成されたものは、やがては分解されます。これは単純な論理です。ピラミッド、タージマハール、万里の長城、ヒマラヤやエヴェレストでさえ、さらには太陽や月までも、全ては時間の経過とともに崩壊するでしょう。全ての瞬間において、私たちの体細胞は成長し、死滅しています。若い頃は新しい細胞が作られる割合が大きいですが、歳をとるにつれて、古い細胞が新しい細胞に生まれ変わりにくくなります。これが歯、目、耳のトラブル、肌のしわ、白髪の原因ですし、病気に対する抵抗力も衰えます。これらは全て、分解の現象なのです。

 

逃げ道はない

私たちは死から逃れることはできるでしょうか? 中央アジアの現イラクの国に古い物語があります。その頃、イスラムの皇帝がいました。皇帝にはお気に入りの召使いがいました。その召使が庭を歩いていると、目の前に黒い影が立っていたので「あなたは誰ですか」と尋ねました。

 

その存在は答えました。「私は死の代理人です」

 

「ここではどんな仕事をなさっているのですか」と召使いは尋ねました。

 

「私はあなたを連れていくために来ました」とその影は穏やかに言いました。

 

 これを聞くや召使いは庭から飛び出して主人のもとへ走っていき、「旦那さま、旦那さま」と泣きついて、庭にいる黒い影が自分を一緒に連れて行くと言っていることを話しました。

 

皇帝は言いました、「おお、それでは急いで馬小屋に行って一番の駿馬に乗り、ここから逃げなさい」。 召使いは言われた通りにして、100キロほど離れた別の町へと急ぎました。馬で駆けてきたことと恐怖で疲れ果てたところで、休憩所を見つけたのでそこで休もうと思いました。しかし部屋に入ると、先ほどと同じ黒い影が彼を待っていました。「おや、ここにおられるとは!」と召使いは恐怖で息が止まりそうになりました。「庭に置き去りにしたはずなのに」

 

 「はい、私たちはまさにこの部屋で会うように運命づけられていました」と影は言いました。「先ほどは、あなたが皇帝の庭にまだいるのが分かってとても驚きましたよ」

 

つまり、私たちは死の王から逃れることはできないのです。召使いは自分の終焉を迎えるのに決められた場所と時間にたどり着くために、駆けたにすぎませんでした。

 

死の準備については、また別の機会にお話しすることにして、次回は、病気、エゴ、苦しみなどについてお話しします。 

 

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[青梅リトリートの二日目、1023日午後の講話:スワーミー・ディッヴィヤーナターナンダジーによる「皆の母、ホーリー・マザー・シュリー・サーラダー・デーヴィー」を掲載いたします]

 

「皆の母、ホーリー・マザー・シュリー・サーラダー・デーヴィー」

スワーミー・ディッヴィヤーナターナンダ

 

 母は愛と慈悲の象徴です。我が子に対する母の愛は、人類の愛の中で最も純粋といえるでしょう。私たちが神への愛を深めたいなら、神との愛しい関係を築かなければなりません。私たちは神を自分だけのもの、自分の全てにしたいので、神を父、母、友達とみなすことから始めます。

 

ホーリー・マザー・シュリー・サーラダー・デーヴィーを自分の母である、と想像する必要はありません。なぜならホーリー・マザーは全ての子供の本当のお母さんだからです。ホーリー・マザーご自身がこのようにおっしゃいました。「私はあなたたちのお母さんですよ。養母ではなく本当のお母さんです。だからあなたが苦しんでいるときはいつでも『私にはお母さんがいる』と自分自身に言い聞かせなさい」

 

 ホーリー・マザーのイメージを心に描くとき最初に思い浮かぶ特徴は、慈悲深さです。子供のころからサラダマニ(サーラダー・デーヴィー)には母のような心があらわれ始めました。飢饉がベンガルを襲ったとき、ホーリー・マザーの父親ラームチャンドラ・ムコパッダエはキチュリ[インドの食べ物]を村人たちに配ることにしました。熱々のキチュリが皿に盛られると、幼いサーラダーはキチュリが早く冷めるように、うちわで皿をあおいだそうです。

 

師の弟子のお母さん

シュリー・ラーマクリシュナが存命中、ドッキネッショルでホーリー・マザーは師の弟子たちのお母さんとして知られていました。弟子たちの好みの応じてさまざまな種類の料理を作ることもしました。ある晩、ホーリー・マザーはバーブラーム・マハーラージ(スワーミー・プレマーナンダジー)にチャパティ[インドのパン]を多めによそったのですが、それを見たタクール(シュリー・ラーマクリシュナ)が、霊性の求道者が夜にそんなにたくさん食べるもんじゃないよ、と不平をおっしゃいました。するとホーリー・マザーは「私が我が子の責任を負います」と返事をしました。

 

スワーミージー(スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ)はシカゴへ発つ前にマザーの祝福を熱心に求めました。そして西洋からインドに凱旋したときには、五体投地でマザーにご挨拶をして言いました。「お母さん、あなたの恩寵のおかげで、師のメッセージを白人の国で説くことができました」

 

師が亡くなった後、ホーリー・マザーはさまざまな場所に巡礼に行きました。その頃、師の出家弟子たちはとても厳しい苦行生活を送っており、日々の食べ物に困ることもたびたびありました。ホーリー・マザーは師の子供たちが施しを乞うために家々をまわることが耐えられなかったので、さまざまな寺院の全ての神々に、師の子供たちが生きていくために必要な食べ物と必需品が得られますように、といつも祈りました。

 

ホーリー・マザーはシュリー・ラーマクリシュナの出家弟子だけのお母さんではありません、ホーリー・マザーの母の愛は、全ての信者、信者でない者、教養のある者、ない者、上位カーストの者、下位カーストの者、さらには道徳の道を外れた者に対してまでも向けられました。ホーリー・マザーは東洋人、西洋人、また、人間だけでなく動物のお母さんだったのです!

 

ホーリー・マザーの母性を物語る話をいくつかします。

 

病気で苦しむ僧侶の看護

ラジェン・マハーラージは、コアルパラ[ジャイラーンバーティーの隣村]のラーマクリシュナ・ヨーガアシュラマの僧院で働いていました。ある時、マハーラージがジャイラーンバーティーにやってきてホーリー・マザーに、アシュラム長との衝突が大きくなったのでヴァーラーナシーにしばらく行きたい、という願いを伝えました。ホーリー・マザーはそれを聞いてラジェン・マハーラージにしばらくジャイラーンバーティーに滞在するように言いました。ホーリー・マザーは朝のプージャの後に、毎日シャーベット(粒アメのシロップ)と朝食を摂っていました。ラジェン・マハーラージがジャイラーンバーティーに来ると、ホーリー・マザーは毎日礼拝のあとに彼を自室に呼んで、ご自分はシャーベットを少しだけ飲み、残りを全てラジェン・マハーラージにあげました。シャーベットはマザーの健康のためにとても大事なものでしたので、ラジェン・マハーラージは、そんな大事なものをいただくわけにはいかないと、最初はかたくなに飲むのを断っていたのですが、ホーリー・マザーの愛の力に屈して、シャーベットをいただくようになりました。

 

その頃セヴァク・ブラフマチャーリはジャイラーンバーティーでホーリー・マザーの家族のお世話をしていたのですが、ホーリー・マザーがラジェン・マハーラージにシャーベットをあげていることに気づきました。そこでホーリー・マザーはブラフマチャーリ・セヴァクを片隅に呼び、状況を静かに説明しました。「ラジェンはコアルパラでの料理の雑多な仕事のせいで頭がカッカしていて、それでアシュラムの偉い人たちと困ったことになっているの。このシャーベットはラジェンの頭を冷やすのにとてもいいのよ」ホーリー・マザーはご自分の健康のことはそっちのけで、愛をもってお世話することで、弟子の問題を解決したのです。

 

 ギャン・ブラフマチャーリはホーリー・マザーのもう一人の出家弟子で、同じくジャイラーンバーティーに滞在していました。ギャン・ブラフマチャーリは疥癬がひどくなり、痛すぎて自分の手で食べることもできませんでした。その時ホーリー・マザーは、彼の皿の料理を混ぜて、少しずつご自分の手でギャン・ブラフマチャーリに食べさせました。

 

インドの信者、外国人両方の母

ホーリー・マザーは本当に皆の永遠の母でした。彼女の子供の中にはインド人だけでなく外国人の子供もいました。サラ・ブル、ジョセフィン・マクラウド、シスター・ニヴェディタ[スワーミージーの西洋の女性信者達]がホーリー・マザーとボセパラ街で面会をしたとき、マザーは彼女たちを愛情深く受け入れました。彼女たちと言葉は通じませんでしたが、マザーはハートからの言葉で会話をしました。ミス・マクラウドが通訳を通して食事をご一緒したいと申し出ると、マザーはそれに同意しました。当時ヒンドゥ教にはとても厳しいルールがあり、ヒンドゥ教徒の未亡人が西洋人と食事を共にすることは簡単なことではありませんでした。しかし、スワーミー・ヴィヴェーカーナンダの言葉「愛は恐れを知らない」という言葉通り、ホーリー・マザーのあふれんばかりの愛情はカーストの全制約を打ち破りましした。

 

ホーリー・マザーが彼女たちと食事を共にすることで、西洋の信者もヒンドゥ社会の一員であるということを示したのです。ホーリー・マザーはシスター・ニヴェディタのことを愛情を込めて少女を意味する「クキ」と呼び、ジョセフィン・マクラウドのことは「ジャヤ」と呼びました。

 

 雑用人に対する親切

チャンドラ・モハン・ダッタは東ベンガルのある村からコルカタにやってきて、仕事を求めて街を歩き回っていました。やっとのことでウドボダンで職を得て、そこで雑用人として働くようになりました。

ウドボダンで出版された本を他で売ることで臨時収入も入るようになったので、少しずつ彼の経済状況は好転していきました。しかし、幸運から悪運です。彼の故郷の家が洪水で流され、家族は路上に投げ出され、ひどい状況に置かれている、という知らせを受けたのです。彼は心配と不安で胸が張り裂けそうでした。そのことを知ったホーリー・マザーは彼に300ルピーを渡し、郷里にもどって家を手に入れ、そこに家族を住まわせるように言いました。

 

このことは、雑用人すらもホーリー・マザーの愛する子供の一人であった、ということのほんの一例です。後に、チャンドラ・モハンは目に涙をため、感動で声を詰まらせながら、この話をしたそうです。

 

ホーリー・マザーの家族が増えたので、ある人がホーリー・マザーに牛乳を搾るようにと牝牛を寄付しました。そこでゴーヴィンダという名前の孤児が牛の世話をするために雇われました。彼はしっかりと自分の仕事をしていたのですが、数日経つと疥癬がひどくなり、治療をしても良くなりませんでした。ある夜、病気はとても深刻になり、ゴーヴィンダはひどい痛みで泣き叫びました。次の日の朝早く、ホーリー・マザーはターメリックとニームという特別な葉で軟膏を作り、ゴーヴィンダにそれをどうやって肌につけるかを教えました。マザーのこの個人的なお世話でゴーヴィンダは大いに慰められ、彼の顔は喜びに輝きました。

 

 私たちは、卑しい職業の人が困っていても無視することが多いのですが、ホーリー・マザーは家族の使用人に対しても、愛をもって接したことにとても心が打たれます。

 

人類と動物のお母さん!

シュリー・クリシュナはバガヴァッド・ギーターの中でこう言いました:

 

おおアルジュナよ、私は一切生類の胸に真我(魂)として住んでいる。また、私は万物万象の初めであり、中間であり、そして終わりである。

私は、馬の中では甘露酒(アムリタ)の海から生まれたウッチャイシュラヴァである。巨象の中ではアイラーヴァタ、また人びとの中では王である。

 

牛の世話係のゴーヴィンダの続きです。ある時、こんなことがありました。牛が哀れっぽい声でないています、どこかがとても痛いようです。鳴き声を聞いた家族のだれもが不安になりました。ホーリー・マザーは牛に近づくと、両手で牛を抱きしめて、我が子にするように、牛のへそのあたりを撫でました。それでその牛は救われたのです。

 

ガンガラムという名前の九官鳥がいました。九官鳥は音真似がとても上手く、人の言葉もそっくりに真似ることができます。時々ガンガラムは「マー、オー、マー(お母さん、お母さん)」と鳴きました。そんなときホーリー・マザーはそれに答えて、穀物をガンガラムの前においてやりました。

 

またある時、ホーリー・マザーの家の飼い猫が死にました。ホーリー・マザーは猫が死んでから13日目後に僧侶たちを招いてごちそうをふるまい、僧侶たちは賛歌を歌いました。[インドでは人が死んで13日目に特別な儀式がある]

 

犯罪者や道徳的な道から逸れた人びとの母

師の直弟子のひとりが、ある信者の行為に腹を立て、その信者をマザーの近くに来させないようにしてください、とホーリー・マザーにお願いしました。しかしマザーは言いました。「もし自分の息子がほこりや泥にまみれていたら、全ての汚れをふき取って、膝の上にのせてやるのが私のつとめです」

 

ベルル・マトで一人の労働者がお金を盗んだので、スワーミー・ヴィヴェーカーナンダは彼を追放しました。その男はどうしようもなくなって、ホーリー・マザーが滞在していたウドボダンに駆け込みました。全てを聞いたホーリー・マザーはその男に、23日私の家にいなさい、と言いました。数日後、ホーリー・マザーはスワーミー・プレーマーナンダジーを呼んで、彼がお金を盗んだのは貧乏がそうさせたのですよ、と言ってその男をもとの仕事に戻すようにと言いつけました。出家僧は時々、在家の人の苦しみを理解できないことがあります。プレーマーナンダジーは、しかしスワーミージーが怒っているのです、とホーリー・マザーの言いつけに難色を示しました。するとホーリー・マザーは「私が彼を連れて帰りなさいと言っているのよ」と強く言いました。全ての経過を聞いたスワーミージーは彼をもう一度雇うほかありませんでした。

 

自分のお母さんに似ている

ラシェベハリ・マハーラージは幼少時に母を亡くしたので、心には常に孤独感がありました。ラシェベハリ・マハーラージがホーリー・マザーに初めて会ったとき、まるでお母さんが自分を抱きしめようと待っていたかのように感じました。そしてホーリー・マザーとの出会いがラシェベハリ・マハーラージの人生を永遠に変化させました。

 

 自分の母に見た目の特徴が似ていることを見つける信者も多くいました。初めてホーリー・マザーに会ったときに、目の前に自分のお母さんが座っているかのように感じた信者もいるほどです。

 

多くの信者がホーリー・マザーに初めて会ったとき、マザーはまるでずっと前からの知り合いのように受け入れてくださることに衝撃を受けました。だからすぐに当初のためらいはなくなりました。

 

ある時、ラシェベハリ・マハーラージは用事で別の村に行き、午後も遅くなってから戻りました。驚いたことに、ホーリー・マザーはまだ昼食をとっていませんでした。ラシェベハリ・マハーラージが、なぜ先に食べてくださらなかったのですか、と抗議をすると、「我が子よ、どうしてあなたが食べていないのに食べることなんてできるかしら」と言いました。大慌てでラシェベハリ・マハーラージが素早く昼食を終えると、やっとホーリー・マザーと同席の女性たちも食べました。

 

結び

疑問がわきます。人間の母とホーリー・マザーとはどう違うのだろうか? また、人間の母はホーリー・マザーが子供たちを愛したように我が子を愛せるだろうか? 

 

人間の母の心にはほんの少しの私欲がありますが、ホーリー・マザーの愛には全く不純なものがありません。ホーリー・マザーの心は「至福が水差しに満ちている」状態で、その愛は、見返りを求めることなく、ただただあふれ出たのです。彼女は「愛」の具現でした。

 

一般的な母は通常、我が子をよその子よりも愛します。しかし、ホーリー・マザーの愛は皆に平等でした。そして、一般的な母とは異なり、愛がとても深いにもかかわらず、いかなる執着もありませんでした。

 

さらに、ホーリー・マザーは今生の母というだけでなく来生の母でもあります。

 

人間の母には限界があるので、我が子の望みを全てかなえてやることはできません。人間の母はある限度までは我が子を世話したり大事にできますが、ホーリー・マザーは全能です。マザーは全ての望みと必要なことを解脱も含めて与えてくださいます。人間の母性が解脱を授けることはできますか? 絶対にできません。

 

ホーリー・マザーは私たちの人生の一部分でもあると理解することは非常に重要です。ホーリー・マザーを祭壇に飾るだけなく、寝室、台所、また私たちが使うさまざまな場所にも居ていただきましょう。孤独を感じたり、意気消沈したときにはいつでも、完全に信頼してホーリー・マザーに心を向けましょう。そうすればホーリー・マザーは私たちの心に強さと勇気を与えてくださいます。ホーリー・マザーの言葉を思い出しましょう。「苦しい時にはいつでも『私にはお母さんがいる』というだけでいいのよ」

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—忘れられない物語

 

ひとつの存在に絶対的な信仰をもつ

 

 バイ・ゴパールは純真な男だった。バイはシーク教の五番目のグル、グル・アルヤン・デーヴィジーをとても愛し信仰していた。バイは仕事をするときも正直で、荷物保管庫で働いていた。皆、バイを信用して荷物を預け、バイは彼らのために荷物を保管していた。ある時、ジャマール・カーンという人物が金貨500枚を預けに来た。あいにくその日はとても忙しかったので、バイは金貨をきちんと登録して保管することを忘れてしまった。

 

あとで、ジャマール・カーンが戻ってきて金貨を返してくれるように言った。バイ・ゴパールはジャマール・カーンの金貨を探したが見つからない。バイはジャマール・カーンに、本当に私に金貨をお預けになりましたか? と尋ねた。それを聞いたジャマール・カーンは怒って言った。「あのときおまえはそこに立って、金貨をちゃんと保管しておきます、と言ったじゃないか。どれだけバカにしたら気がすむんだ?」  バイ・ゴパールはもう一度金貨を探したが、やはり金貨は見つからない。

 

ジャマール・カーンはバイ・ゴパールを皇帝のもとに引っ立てた。皇帝はバイ・ゴパールがシーク教徒でグル・アルヤンの信者で、金貨のことで嘘をついていないことが分かっていた。皇帝はジャマール・カーンも嘘をついていないことをご存じだった。そこで皇帝は二人に、煮えたぎる油の壺に入ったコインをつまみ出すように言った。二人ともその解決法にびっくりしたが、バイ・ゴパールは手を合わせて祈った「グルジー、あなた様は私の守護者です。あなた様は必要な時にはいつだって私をお助けくださいます。今も絶対にあなた様が私をお救いくださいます」。バイはそう言いながら煮えたぎる油の中に手を突っ込んで、コインを取り出した。けれどバイの手は、焼けどもケガも全くしていなかった!

 

 それを見たジャマール・カーンも手を合わせて全ての聖者に、お助けください、お守りださい、安全でありますように、と祈った。祈りのあと、壺の底のコインを取り出そうと手を伸ばしたが、油に少し触れただけで、あまりの痛さに「あいたたた、指をやけどした!」と大声で叫んだ。

 

 しばらくして、バイ・ゴパールは保管ビルの事務所の一角にジャマール・カーンの金貨を見つけた。ホッとしたバイはジャマールのもとへ良い知らせを伝えようと急いだ。しかしジャマールは、皇帝の前でバイ・ゴパールにきまり悪い思いをさせられたのだからその金貨は君が持っておいてくれ、と言って受け取ることを拒否した。バイ・ゴパールは「私はシーク教でグルの信者です。ですので自分のものでないものをいただくわけには参りません」と言って断った。そこでジャマール・カーンは金貨を返してもらう代わりに、バイ・ゴパールのグルジーに合わせてほしい、と言った。

 

 バイ・ゴパールは喜んでジャマール・カーンをグルジーに引き合わせた。そこでジャマール・カーンはグルジーに言った、私達は二人とも金貨のことについては正直だったのに、やけどをしたのは私だけで、バイ・ゴパールは無傷でした。「どうしてなのでしょうか?」

 

グルジーは答えた「バイ・ゴパールはアルダース[シーク教の祈り]を行ったのじゃ。彼は100%の信仰をもってそれをした。お前も何人かの聖者を呼んで祈ったが、どの聖者に対しても絶対的な信仰がなかった」。 ジャマール・カーンはグルジーが自分の考えをご存じだったことに驚いた。そしてジャマールもバイも、グルジーの前にいるだけで非常に祝福され、霊的な高まりを感じた。

 

教訓――普遍なる存在(The universe)は私たちの信仰の度合いに応じて祈りに答えてくださる。ある人が純粋なハートで、自分の全存在から、深く集中して祈りを捧げると、本当にその人の願いは叶えられるでしょう。

 

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今月の思想

瞑想をどのように定義しても、瞑想とはそんなもんじゃない。

スワーミー・ブラフマーナンダ

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