今月のニュースレター

 

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ヴェーダーンタ協会ニュースレター(日本語版)

 

日本ヴェーターンタ協会の最新情報

 

20198月 第17巻 第8

 

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かく語りき――聖人の言葉

 

 

 

「カルマは人間が自由であることの永遠の表明です。もし私たちがカルマによって引き下げられる可能性があるのなら、カルマは私たちを引き上げるために確かに私たちの力の中にあります。 …私たちの考え、言葉、行為は、私たちが自分の周りに投げ込んだ網の糸です」

 

…スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ                                                                                                                            

 

「欲望がないこと、憎しみがないこと、幻惑がないこと。 わが友よ、これらは善人の基本です」 

 

仏陀

 

                                                                                                    

 

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目次

 

 

 

・かく語りき――聖人の言葉

 

20199月後半、10月の予定

 

・日本ヴェーダーンタ協会夏期戸外リトリート2019

 

舎利講でのスワーミー・メーダサーナンダジの法話

 

「ヒンドゥ教とお釈迦様」

 

四国 香川県 善通寺の舎利講にて

 

・日本ヴェーダーンタ協会夏期戸外リトリート2019

 

「善通寺リトリートの思い出」

 

レオナルド・アルヴァレズさん

 

4月逗子サットサンガ

 

「スワーミー・ヴィヴェーカーナンダの教えに学ぶ」

 

平野久仁子さん

 

・忘れられない物語

 

・今月の思想

 

 

 

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20199月後半、10月の予定

 

 

 

20199月の生誕日

 

 

 

スワーミー・アベダーナンダ 923日(月)

 

スワーミー・アカンダーナンダ 928日(土)

 

 

 

 

 

20199月後半、10月の協会の行事

 

 

 

923日(月・祝) 10:3016:30

 

逗子定例会

 

 9月は第3日曜日ではありませんのでご注意ください。

 

※講話開始時間:10:45

 

場所:逗子協会本館

 

特別講話:ラーマクリシュナ・マト理事会理事

 

ラーマクリシュナ・ミッション運営機関委員

 

              スワーミー・ディッビャーナンダジー

 

朗誦・輪読・講話・賛歌など

 

 

 

927日(金)

 

ホームレス・ナーラーヤナへの奉仕活動

 

現地でのお食事配布など。

 

お問い合わせ:佐藤 urara5599@gmail.com

 

 

 

928日(土)~29日(日)

 

ナマステ・インディア(東京・代々木公園)

 

日本ヴェーダーンタ協会は「ガンガーCDショップ」という店名で出店し、書籍、CD他、多数の品物を特別価格で出品予定です。

 

参考: http://www.indofestival.com/index.html

 

 

 

9月 毎土曜日 10:3012:00

 

ハタ・ヨーガ・クラス

 

場所:逗子協会別館

 

お問い合わせ:荒井弘人080-6702-2308 メール: ochanomizuyoga@gmail.com

 

体験レッスンもできます。

 

※予定は変更されることもありますのでお問い合わせください。

 

※専用ウェブサイトをご覧ください。 http://zushi-hatayoga.jimdo.com/  

 

 

 

108日(火)14:00~16:30

 

福音勉強会

 

場所:逗子協会本館 

 

お問い合わせ&お申込み:benkyo.nvk@gmail.com

 

※前日までに上記の宛先にメールで予約が必要です。

 

※日程変更や開催中止になることがありますので、協会ウェブサイトで事前に確認してください。

 

 

 

1020日(日)14:0016:00

 

10月は第1日曜ではなく第3日曜に変更

 

逗子午後例会 

 

場所:逗子協会本館 

 

詳細は協会ウェブサイトをご覧ください。

 

お問い合わせ:benkyo.nvk@gmail.com

 

 

 

1025日(金)

 

ナラ・ナーラーヤナ 

 

現地でのお食事配布など。

 

お問い合わせ:佐藤urara5599@gmail.com

 

 

 

1027日(日)19:0021:30

 

カーリー・プージャ 

 

場所:アネックス

 

19:00 礼拝・アラーティー・花の礼拝

 

20:00 火の儀式(護摩)

 

21:00 夕食(プラサード)

 

お問い合わせ:協会046-873-0428

 

どなたでも参加いただけます。皆様のお越しを心からお待ちしております。

 

 

 

10月 毎週土曜日 10:3012:00

 

ハタ・ヨーガ・クラス 

 

場所:アネックス   *体験レッスンもできます。

 

お問い合わせ:荒井弘人080-6702-2308 メール: ochanomizuyoga@gmail.com

 

※予定は変更されることもありますのでお問合せください。

 

※専用ウェブサイトをご覧ください。http://zushi-hatayoga.jimdo.com/

 

 

 

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日本ヴェーダーンタ協会夏期戸外リトリート2019

 

「ヒンドゥ教とお釈迦様の教え」

 

舎利講 善通寺・御影堂でのスワーミー・メーダサーナンダジの法話 

 

 

 

2019714日、仏教の名僧、弘法大師がお生まれになった四国香川県、善通寺の御影堂(みえどう)での舎利講において、スワーミー・メーダサーナンダジ・マハーラージが法話をなさいました。

 

 

 

 司会者:本日の舎利講でお話しいただく日本ヴェーダーンタ協会会長のスワーミー・メーダサーナンダ師をご紹介いたします。

 

日本ヴェーダーンタ協会の皆さんは、今、善通寺でヨーガや瞑想の合宿中で、インドの哲学や真理の普遍性について学んでおられます。協会はヒンドゥ教ですが、仏教などさまざまな宗教を尊重しながら、すべての宗教の調和を説いておられます。

 

 

 

 スワーミー・メーダサーナンダ師は、神奈川逗子市にあるヴェーダーンタ協会在住で、インドから日本に来られて今年でもう26年になるそうです。インド大使館や日本各地で精力的に講話活動をしておられます。

 

 

 

善通寺の舎利講は、江戸時代から続いておりますが、インドの僧侶にお話しいただくことは、おそらく初めてのことだと思いますので、皆さん、良い時にお越しいただいたと思います。それでは、マハーラージ、お願いいたします。

 

 

 

マハーラージ:皆さん、おはようございます。まずは、神聖な言語であるサンスクリット語で祈ります。サンスクリット語はヒンドゥ教の聖典だけでなく、仏教の聖典にも用いられています。たくさんの中国の、のちには日本のお坊さんや信者さんがサンスクリット語を学ぶためにインドに来ました。それだけではなく、インドの仏教のお坊さんも中国へ渡り、中国と日本のお坊さんに教えました。

 

 

 

これからサンスクリット語のマントラ〔サンスクリットの聖語。ジャパ(唱名。神の御名の反復)に用いられる聖句。真言。〕を祈りますので、よろしければ皆さん一緒に唱えてください。

 

 

 

オーム アサトー マー サド ガマヤ

 

タマソー マー ジョーティル ガマヤ

 

ムリッティヨーマー アムリタム ガマヤ

 

 

 

   神様、非実在から実在へ、導いてください。

 

   無知の暗闇から知識の光へ、導いてください。

 

   死から不死へ、導いてください。

 

 

 

別の普遍の祈りを、皆さんの健康と幸福のために唱えます。皆さん繰り返してください。

 

 

 

サルヴェー バヴァントゥー スキナハ

 

サルヴェー サントゥー ニラーマヤハ 

 

サルヴェー バッドラーニ パッシャントゥ 

 

マー カスチード ドゥッカバーグ バヴェート 

 

 

 

次の祈りもサンスクリット語です。ゴータマ・ブッダ(お釈迦様)の信者、仏教のお坊さんも唱えています。我々ヒンドゥ教徒もこのマントラが好きなので、日本ヴェーダーンタ協会でも唱えています。今から唱えますので皆さん繰り返してください。

 

 

 

ブッダン シャラナン ガッチャーミ

 

ダルマン シャラナン ガッチャーミ

 

サンガン シャラナン ガッチャーミ

 

 

 

仏様が我々の避難所となりますように。

 

お釈迦様の教えが我々の避難所になりますように。

 

お釈迦様の僧団が我々の避難所になりますように。

 

 

 

感謝をこめて申し上げます。善通寺のご住職様方のおかげで、善通寺と日本ヴェーダーンタ協会の連携による夏の例会ができたことを、心からお礼を申し上げます。四国は弘法大師様がお生まれになった神聖な場所ですが、その中でもこのお寺がもっとも神聖な場所です。というのは、まさにここで弘法大師様がお生まれになったからです。

 

 

 

私の話の内容は、ヒンドゥ教徒がお釈迦様の教えについてどのような印象を持っているかについてです。まず、ヒンドゥ教の特徴についてお話しします。

 

 

 

ヒンドゥ教の特徴のひとつは、なによりもまず、ただひとつの神だけが存在する、ということです。ヒンドゥ教にはたくさんの神様や女神様が存在するように思われるかもしれませんが、それらすべての数多くの神様や女神様は、ただひとつの神の多面的なあらわれに過ぎません。

 

 

 

ヒンドゥ教のもうひとつの特徴は、その神のことを「絶対の真理」と呼ぶことです。「絶対の真理」は、皆さんを平安の道、真理の道へと導くために、時として人間としてあらわれます。例えば、インドのクリシュナは「絶対の真理」が人間の形であらわれました。お釈迦様も同じ「絶対の真理」の特別なあらわれです。ヒンドゥ教では、神の化身とは「絶対の真理」が人間の形をとった特別な神のあらわれのことをいいます。

 

 

 

日本には神の化身という概念はないようですが、お釈迦様は皆さんを真の平安の道、真理の道へと導きたい、という目的を持って人間の形であらわれました。イエス・キリストも神の化身です。ヒンドゥ教のもうひとつの特徴は、信仰の数だけ道がある、と考えていることです。数々の宗教がありますが、本当は、宗教は実際にはひとつだけです。例えば、アメリカで太陽のことをサンといい、インドではスーリヤ、日本では太陽といいますが、太陽はひとつしかないように、宗教も本当はひとつだけなのです。すべての宗教は例外なく、清らかさ、普遍の愛、慈悲について語っています。だから、我々ヒンドゥ教徒は、仏教もキリスト教も尊敬しているのです。

 

 

 

 お釈迦様とヒンドゥ教には特別な関係があります。お釈迦様はインド〔現ネパール〕で生まれ、実践し、悟り〔ニルヴァーナ〕、教えを広め、インドで入滅されました。だからお釈迦様とインドには深い関係があるのです。そしてお釈迦様は、ヒンドゥ教の数々の聖典を学んだ高いレベルの学者でもあられました。悟られたのちには、ご自身の独自の教えを創造されましたが、その教えはヒンドゥ教の教えとたいへんよく似ています。

 

 

 

我々がお釈迦様をとても好きな理由は、お釈迦様の慈悲と普遍の愛が比類のないものだからです。これまで世界中にさまざまな聖者がおられましたが、信者に尽くすために自らの体を(ささ)げる、という彼ほどの慈悲と普遍的な愛を持った聖者は本当にまれです。彼の慈悲はハートの特別な慈悲なので、我々はお釈迦様をとても尊敬しているのです。

 

 

 

また、尊敬するだけでなく、ブッダガヤというお釈迦様が悟りを開いた場所に巡礼にも行きます。ヒンドゥ教徒もブッダガヤを巡礼の地だと考えているからです。そこには古いお寺があり、タイ、スリランカ、ミャンマー、日本など世界中の人々が巡礼に来ます。私も日本ヴェーダーンタ協会の信者とお釈迦様への尊敬の気持ちをあらわすために、巡礼に行ったことがあります。

 

 

 

ヴェーダーンタ協会はヒンドゥ教ですが、インドの本部において、また世界中の数多くの国々の支部においても、お釈迦様の誕生日を祝います。キリスト教の教会でお釈迦様の誕生日を祝うことを想像できますか? 仏教寺院でシュリー・クリシュナの誕生日を祝うことも、考えられません。しかし我々は神と神の宗教の調和を信じているので、毎年お釈迦様の誕生日を祝うのです。クリスマス・イブも祝います。また、逗子にあるヴェーダーンタ協会センターのアーシュラムでは、毎週日曜日にお釈迦様のために特別なお経をあげ、勉強会をしています。このように我々はお釈迦様と関係が深いのです。

 

 

 

皆さんが多分ご存じないことをお話します。ヴェーダーンタ協会の本部であるラーマクリシュナ僧団と僧院は1897年にインドのコルカタにおいて設立されました。その約5年後に岡倉天心がインドに来られ、スワーミー・ヴィヴェーカーナンダに挨拶をするために、我々の本部を訪問されました。その際にある真言宗のお坊さんの若い息子さんが日本から一緒に来られたのです。彼は半年ほど我々の本部と僧坊に滞在し、サンスクリット語、英語、仏教を学びました。その方の名前はシトク・ホリ〔堀至徳〕さんといいます。真言宗のお坊さんの息子さんが、それほど遠くない過去に我々の本部に滞在していた、ということはとても特別なことだと思います。

 

 

 

仏教はヒンドゥ教から影響を受けました、そしてヒンドゥ教は仏教から影響を受け、高められてきたので、ヒンドゥ教徒は仏教と深い関係があるということも信じています。それくらい深い関係をヒンドゥ教徒はみているわけですが、残念なことにこの気持ちを分かち合えるのは、ごくわずかな仏教徒だけです。我々は、仏教のお坊さんと信者さんがもう少しヒンドゥ教について勉強されるのがいいと信じています。もしヒンドゥ教の聖典を勉強されると、これら2つの偉大な教えがどれだけ多くのアイデアを共有しているかが分かります。ヒンドゥ教徒はお釈迦様の教えからたくさんのインスピレーションをいただいています。同様に、もし仏教のお坊さんと信者さんもヒンドゥ教の聖典を勉強なされば、そこからインスピレーションを受けることができます。このことはみんなにとって良いことではないでしょうか?

 

 

 

私の個人的な助言として、少なくとも2つのヒンドゥ教の聖典を勉強なさることを提案させていただきます。ひとつは『バガヴァッド・ギーター』というヒンドゥ教で一番有名で人気のある聖典です。それは遅くとも3000年前に作られたのですが、そのメッセージは、現代にも通用すると感じられます。もうひとつ私がおすすめするのは『ラーマクリシュナの福音』という聖典です。シュリー・ラーマクリシュナは、現代においてもっとも有名な聖者で、『福音』の内容は、書き留められた彼の言葉と教えなので、聖典なのです。これらの聖典を勉強することで、道徳的または霊的な生活を助けるための多くの解決法を見いだすことができるでしょう。

 

 

 

先ほども述べましたが、ヒンドゥ教徒は仏教の勉強をし、お釈迦様のことをよく理解しています。しかし仏教徒の皆さんがヒンドゥ教のことをあまり知らないと、本当の宗教の調和はできません。宗教の調和ができなければ、世界の調和はできず、人間と人間との調和さえできません。なぜなら、人間と人間との調和、国と国との調和の大事な基礎は、宗教と宗教の調和だからです。

 

 

 

その点において、仏教寺院である善通寺とヒンドゥ教のヴェーダーンタ協会の連携の結果として、日本の仏教のお寺の祭壇でインドから来たヒンドゥ教のお坊さんが話をする機会が与えられたことは、日本における歴史的な瞬間です。ふつうのできごとではありません。私はこの瞬間が、もっとも特別なできごととして、善通寺の歴史に書かれると思います。それは善通寺の法主猊下(ほっすげいか)、お坊様方、そして我々の友である浄圭さんの努力のおかげで実現しました。

 

ありがとうございました。

 

 

 

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日本ヴェーダーンタ協会夏期戸外リトリート2019

 

「善通寺リトリートの思い出」

 

レオナルド・アルヴァレズさん

 

 

 

 リトリートが開催されたのは四国の善通寺という寺で、そこは真言宗の開祖である弘法大師の生誕の地です。善通寺は密教、特にヴァジュラヤナ仏教(ヴァジュラはサンスクリット語でダイヤモンドの意味)で、この命と体で悟るための厳しい教えです。弘法大師は当時中国を統治していた唐の首都長安に行き、2人の僧侶からサンスクリット語を学び、彼の師である恵果から仏教を学びました。2年の滞在の後、日本に戻り日本で密教を広めました。

 

 

 

初日

 

 このプログラムは、善通寺と日本ヴェーダーンタ協会の完全なコラボレーションで開催されたということが特別でした。私たちゲストだけでなく、2度にわたる法話をしてくださり、いくつかの場面でご一緒くださった法主猊下をはじめ、数名の僧侶と尼僧がご参加くださいました。

 

 

 

プログラムは713日に始まりました。午後3時にリトリートの準備段階から手伝ってくださった真言宗の尼僧、佐藤浄圭さんが、60名強の参加者(初日は約60名、2日目は83名が参加した)を、広大な寺の境内のさまざまなお堂の歴史や五重塔の説明をしながら、案内してくださいました。

 

 

 

 遍照閣では四国八十八ヶ寺をあらわす88体の像があり、八十八ヶ寺の土地の砂がそれぞれの像の下におさめられていました。私たちは指示通りに一列に並んで、ほとんどの人は時計回りに、数名は反時計回りに、購入した100枚の5円玉を一人ずつそれぞれの像にお供えしました。信仰をもって88体すべての像に礼拝することは、四国中に散在している実際の八十八ヶ寺それぞれで礼拝することに等しいと説明を受けました。最後に寺の宿坊に戻る途中に、弘法大師が子供のころに登ったとされる、樹齢1200年のうろ穴のある松の木の前に立ちました。

 

 

 

 毎晩、グループ集会が予定されており、現在住んでいる都道府県ごとに座りました。最多人数は愛媛県のグループで、東京グループ、関西グループ、神奈川県(逗子市)グループが続きました。解散する前に、みんなで「翼をください」などを歌いました。

 

          

 

2日目

 

 翌朝、14日日曜日、ほとんどの参加者は午前430に朝の瞑想のために集合し、本堂である金堂の軒下に瞑想に行きました。瞑想の後、午前530頃に、サンスクリット語でホーマと呼ばれる(日本語では護摩)火を捧げる儀式を見に行きました。前夜におのおのの祈りと願いを書いた護摩木が、儀式の炎に捧げられました。司会の僧侶がホーマは、人びとの願いをかなえるために、不動明王として知られる憤怒の表情をした守護神を喜ばせるために捧げられる、と説明されました。しかし、彼はまた、それらの願いは、(1)願いがとても強く、(2)不動明王がその願いに同意し、(3)その人の心と内なるエネルギーが不動明王とつながっている、ときにのみ満たされる、とおっしゃいました。

 

 

 

 護摩師が護摩行を始めました。ムドラー(手印)を結ぶさまは、スワーミー・メーダサーナンダ(マハーラージ)が逗子のヴェーダーンタ協会で行われるカーリー・プージャのときになさるムドラーととてもよく似ていました。同様に、護摩師はサンスクリット語由来のマントラ実際サンスクリット語起源ですが、発音は現地化されているので、標準のサンスクリット語ではありませんを唱えられ、私たちも、神様を喜ばせるために「ノウマク サーマンダー バーザラダン センダー マーカロシャーダー ソワタヤ ウンタラター カンマン」というマントラを何度も唱えなければなりませんでした。護摩堂では、マントラを唱えているときを除いて、浄圭さんが密教とヴェーダーンタの類似点を説明してくださいました。

 

 

 

朝食の後に私たちはみんな、善通寺の主たる礼拝堂である御影堂に行きました。この寺の歴史上、またたぶん日本で初めて、ヒンドゥ教の僧侶(メーダサーナンダジ)が仏教の信者さんに法話をされました。まず、マハーラージはサンスクリット語で唱えられました。

 

 

 

   ブッダン シャラナン ガッチャーミー

 

   サンガン シャラナン ガッチャーミー

 

   ダルマン シャラナン ガッチャーミー

 

 

 

 それからマハーラージは、中国でインドの僧侶から日本の僧侶がサンスクリット語と仏教を学んだこと、日本の仏教寺院でヒンドゥ教の僧侶が話をするのはこれが初めてであり、これは歴史的なできごとであることなどを述べられました。

 

法主猊下も、創建以来、ヒンドゥ教の僧侶が境内で話をするのは、これが初めてだとおっしゃいました。

 

 

 

 昼食の後、集合写真を撮影し、2時からはマハーラージが、最近出版された『パタンジャリ・ヨーガの実践』という本に基づいて講話をされました。私は気分がすぐれなかったので、その話を聞き逃してしまいました。その日も雨だったので、夕方の散歩はありませんでした。

 

 

 

 夜には全員参加で夜のミーティングがありました。まず、愛媛グループが日本の伝統的な歌を歌い、関西グループへと続きました。最後にマハーラージは皆に来てくれたことに感謝し、健康が理由で一度キャンセルしたので、リトリートが開催されたことはほとんど奇跡であったことを説明されました。

 

          

 

最終日

 

16日月曜日、最終日の朝、午前430分から530分まで、昨日同様に金堂で戸外瞑想がありました。そのあと、御影堂に行き、朝課と呼ばれる朝の祈りに参加しました。そこでは日本語とサンスクリット語で仏教の祈りが捧げられました。声明や読経が続いている間に、法主猊下が加持祈祷をされました。若い僧侶が、古代中国の楽器を彷彿とさせるシンバルのようなものをたたきました。おそらく弘法大師が1200年前に唐の首都長安で見たものと同じでしょう。 また祈りの際に、弘法大師によって中国から持ち込まれたと伝わる金剛錫杖頭(錫杖:僧侶・修験者が持つ杖)が皆さんに見せられました。

 

 

 

 そして、法主猊下が、特に仏教に基づいた日本の宗教の歴史の短い話をされたのですが、その最後に重要なことをおっしゃいました。宗教教育を怠ったことで、日本人が「宗教音痴」(全くの無知を意味するために寓話的に用いられた)になった。なぜなら、日本の学校では全く宗教が教えられていないからです。だからみんな本当の宗教とセクトの違いを区別する方法を知りません。悲劇的なことに、それがオウム真理教のような事件やセクトが起こった理由のひとつです。

 

 

 

午前の後半に、私は「キリスト教と普遍的宗教」について講演しました。私は初めに、すべての宗教との共通点として、他の多くの宗教同様ユダヤ教も当初は多神教であったことを話しました。そして、モーセが定めた道徳的ルールである十戒とパタンジャリのヨーガ・スートラにおけるヤマ(禁戒)、ニヤマ(勧戒)、そして仏教の禁戒との類似点について話をすすめました。最後にイエス・キリスト、お釈迦様、シュリー・ラーマクリシュナに代表される模範となる方々は、本質的に同じである、ということを主張しようと努力し、彼らの教えと実践におけるいくつかの類似点を指摘しました。

 

          

 

  そのあと、善通寺僧侶、三好智秀師(三好先生と呼ばれていました)が密教についての深い話を長時間にわたってしてくださいました。そして真言宗の教えである弘法大師が伝えた教義とヴェーダーンタの類似性を、特に、永遠の真我、真我を悟ることはできる、まさにこの人生における悟りの状態、というアイデアをもって、指摘されました。とても有益で充実した講話でした。

 

 

 

 午後のプログラムは、130分からガンディージの生涯に関する映画で始まり、午後2時から3時までは質疑応答が行われました。リトリートに初参加の方に質問の優先権が与えられました。質問は、心の平安を得る方法、タントラの実践に関するものなどでした。リトリートの感想としては、特にこれまで参加した中で最高のリトリートであったと賛辞が述べられました。

 

            

 

 最後にマハーラージがとても感動的な口調で、来てくれたすべての人に感謝を述べられ、インドから戻ってリトリートができたことは奇跡であったと再びおっしゃいました。

 

マハーラージは、真言宗との完全なコラボレーションで行われたことの歴史的重要性を示され、学問的な見方ではなく実践者の見方で、宗教の対話の新しい場を見つけたと、おっしゃいました。

 

 

 

 

 

※このレポートは、レオナルドさんが英語で書かれたものを、編者が翻訳、編集したものです。

 

 

 

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4月逗子サットサンガ

 

「スワーミー・ヴィヴェーカーナンダの教えに学ぶ」

 

平野久仁子さん

 

 

 

みなさま、こんにちは。

 

本日はこのような場でスピーチをさせていただく機会をいただきまして、スワーミー・メーダサーナンダ・マハーラージに大変感謝しております。

 

では「スワーミー・ヴィヴェーカーナンダの教えに学ぶ」というタイトルで、私がどのように、スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ(以下、スワーミージーとも記述)の教えに惹かれてきたのかを、体験をふまえてお話しさせていただきます。

 

 私はパドマ・ヨーガ・アシュラムというヨーガ教室を主宰しております。また、上智大学のアジア文学研究所客員所員として、スワーミー・ヴィヴェーカーナンダや近現代のヨーガの歴史などの研究を続けております。

 

 

 

スワーミー・ヴィヴェーカーナンダとの出会い

 

 

 

345年前、私が高校生の頃、ヨーガ教師であった母とともに日本ヴェーダーンタ協会を初めて訪れました。当時協会には、スワーミー・シッダールターナンダ・マハーラージがおられ、インドのお坊様に会うことを含め何もかもが珍しく感じました。シッダールターナンダジと数名の日本人と共に逗子マリーナまで散歩したことを今でもよく覚えています。私は協会に何回か通ううちに、こちらがシュリー・ラーマクリシュナ、スワーミージー、ホーリー・マザーの教えを伝えているところだということを徐々に知るようになりました。

 

当時、我が家の母の本棚に協会出版の『アートマン』という本がありました。それは1985年に母が購入したものですが、その内容はスワーミージーの『ギャーナ・ヨーガ』としてまとめられている講演集とかなり重なっています。私はその「アートマン」という言葉が心に焼き付き、何だろう、と思っていたことを記憶しています。

 

 

 

その後、学生生活などで多忙になり、また大学卒業後は、ヨーガを学ぶためにインド・ムンバイの郊外ロナーヴラーにあるカイヴァルヤダーマ・ヨーガ研究所付属カレッジに1年ほど留学したこともあり、協会にはしばらくご無沙汰してしまいました。ですが1991年に、留学中に修学旅行でナースィクを訪れた際に、スワーミージーのWords of Inspirationという冊子を偶然見つけて、心踊りつつ買いました。その冊子には、スワーミージーの力強い数々の言葉がアルファベット順に、例えば「Above all and in all, be sincere 何においても誠実であれ」と書かれています。

 

私はスワーミージーの印象が自分の中にしっかりと刻まれていることを、この本を購入したときに感じました。そして、スワーミージーはどのような方で、何を伝えたのか、スワーミージーが説いているヨーガとは当時学んでいた身体行法を中心とするヨーガとどのように異なるのだろうか、ということにだんだんと関心を持つようになりました。

 

 

 

その後、日本ヴェーダーンタ協会にスワーミー・メーダサーナンダジが赴任され、私は協会へ再び通うようになりました。マハーラージには、2001年より年に一度、私共のヨーガ教室に研修会の講師としていらしていただくようになりました。

 

そうした中、インド思想の勉強とともにスワーミージーについての研究を進めたいと思い、上智大学大学院に入りました。スワーミージーについては数多くの文献があり、また私には家庭もありましたので、研究には大変時間がかかりましたが、研究においてメーダサーナンダジや上智大学教授シリル・ヴェリヤト神父、さらに協会の副会長を務められた東京外国語大学名誉教授の故奈良毅博士に多大なるご指導をいただいたことは、生涯の忘れがたい経験となりました。

 

 

 

スワーミー・ヴィヴェーカーナンダと宗教の調和

 

 

 

20141月、スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ生誕150周年のベルル・マトでの閉会プログラムに数名の日本人の方と参加しました。私は、その閉会プログラムのインターナショナル・セミナーで発表されるご予定だった奈良先生の論文を代読させていただきました。奈良先生はその数日前にご逝去され、先生のスワーミージーについてのお考えを発表させていただいて、万感胸にせまりました。

 

 

 

さて、スワーミージーは若干39年の生涯を送られました。その生涯に関しては、『ヴィヴェーカーナンダの物語』などいくつもの書籍が出ているので詳細についてはそれらをご覧ください。

 

ヴィヴェーカーナンダとは修行僧になってからの名前で、本名をナレーンドラナート・ダッタといい、1863年、インド・カルカッタのシムラー地区というところでお生まれになりました。お父様はカルカッタの高等裁判所の弁護士で英文学やペルシャ文学にも精通しておられました。お母様は敬虔なヒンドゥ教徒でしたので、スワーミージーは子供のころ『ラーマーヤナ』などの聖典の話を聞いて育ちました。

 

ヴィヴェーカーナンダのヴィヴェーカは識別、アーナンダは歓喜という意味です。スワーミージーは幼少期からやんちゃな面もあったようですが、一方で瞑想好きでサードゥと呼ばれる行者さんが托鉢に来ると、なんでもあげたがるような少年でもあったそうです。その後、現在のスコティッシュ・チャーチ・カレッジに進み西洋哲学や論理学、西洋史などを学びました。

 

 

 

そのカレッジでヘイスティ教授からシュリー・ラーマクリシュナのことを聞いて、ある日、シュリー・ラーマクリシュナを訪れました。そして「あなたは神を見たことがありますか?」という質問をすると、シュリー・ラーマクリシュナは「ある。あなたに見せることさえもできる」と答え、ナレーンドラナートはその率直な答えに大変衝撃を受けました。そしてシュリー・ラーマクリシュナとだんだんと深い関係を築いていきました。1886年にシュリー・ラーマクリシュナが亡くなった後、スワーミージーは出家僧としてインド各地を旅しました。その旅を通してインドの実情を認識したことは、その後のスワーミージーに非常に大きな影響を与えたと思われます。

 

 

 

 1893年、30歳のとき渡米し、シカゴで開催された万国宗教会議に出席してヒンドゥ教を紹介しました。当時、海を渡るということはヒンディー語でカーラーパーニー、即ち黒い海を渡ると言われ、バラモン階級では海を渡るとカーストを失い社会から排斥される、とされていました。渡米の際には太平洋経由で日本にも立ち寄っています。

 

 万国宗教会議以降は、アメリカとイギリスを中心に約4年間、講演活動に従事しました。西洋でのスワーミージーの活動はインドの多くの新聞で報道されていたこともあり、無名のヒンドゥ僧として出発したスワーミージーは、1897年に帰国した際には大変有名になっており、インド各地で凱旋講演をしました。

 

 

 

スワーミー・ヴィヴェーカーナンダの教えに学ぶ

 

 

 

スワーミージーのそういった姿を通して感じことを3点ほどお話したいと思います。

 

今回、『アートマン』や『わが師』などの講演集の他、手紙も読み返しました。手紙からは、スワーミージーのほとばしる思いが読み取れます。ちょうど会報『不滅の言葉』に「ヴィヴェーカーナンダの手紙」という連載が始まっていますが、スワーミージーの肉声が聞こえるような手紙を日本語で読めるのは、とても貴重なことだと思います。

 

 

 

まず、私がスワーミージーの教えで惹かれたのは、宗教を実現するためには自分に適した道を進みなさい、といった言葉にみられる寛容性です。

 

スワーミージーは、宗教とは霊性の自覚、悟り(realization)だと述べています。アメリカで行われた『アートマン』という講演で「我々は若かったり年老いたり強かったり弱かったりするでしょう。しかしそれはアートマンには少しも影響を与えません。アートマンは肉体を通じてあらわれている同一の永遠の存在です」と述べています。

 

私たちの本質、主体は何なのか、ということを考える大きなきっかけを、スワーミージーのこれらの言葉を通して得たように思います。それまではおぼろげながら、宇宙の大きな力は遠いどこかにあるのだろうか、などと思っていたのですが、それはもっと近くに、自分の中にある、ということをスワーミージーの教えを通して考えるようになりました。

 

スワーミージーは、悟りを得るための道を各自の性質に応じてラージャ・ヨーガ、ギャーナ・ヨーガ、バクティ・ヨーガ、カルマ・ヨーガの大きく4つに分類しました。また、この4つの道のバランスを保つことが宗教の理想であると述べており、またそれまで持っていた自分の宗教観を否定することなく、より良きものにしていくという点において、寛容性のみならず、スワーミージーの教えの幅の広さを感じ、示唆を与えられたと感じています。

 

 

 

2つ目は、スワーミージーのほとばしる思いというのは、人々への慈しみからきている、ということです。スワーミージーは西洋で伝道しているときも、インドの人々、とりわけ弱者への思いはとても深く、そのことを手紙に率直に書いています。「誰が彼らを感じることができるのか。誰が彼らに光をもたらすのか。誰が戸口から戸口へと旅をし、彼らに教育を授けるのか。彼らを君の神とせよ。彼らを思い、彼らのために絶え間なく祈りなさい」「もし君が善を欲するならば、儀式を投げ出し、生きている神、人なる神、人間という形をまとった生き物を礼拝せよ。なぜなら神は普遍的なあらわれであり、我々人間は神の個別のあらわれなのだから」と記しています。こうしたスワーミージーの言葉にはシュリー・ラーマクリシュナの教えや彼自身の体験が大きく影響を与えていると思います。

 

 

 

その中でスワーミージーの仏陀への思いを見過ごすことはできないと考えます。幼少期に仏陀を見たという逸話も残っており、たびたび講演や手紙で仏陀への思いについて言及しています。その背景には、渡米の際、日本に立ち寄り多くの寺院を見て、インドの宗教の伝播、影響力というものを実感したことも大きいと思います。

 

また、スワーミージーは仏陀を実践家だと捉えていました。仏陀をシャンカラーチャーリヤと比較して「仏陀には万人に通じる偉大なハートと無限の忍耐があって宗教を実践的なものとして一人一人へのもとへともたらした」と言っています。こうした発言から、仏陀の生きとし生けるものに対する慈しみ、という考えは、スワーミージーが理想とする活動において大きな影響を及ぼしたのではないかと思います。

 

 

 

3つ目は、スワーミージーは宗教を具現化したということです。例えば、奉仕や教育を多くの人々に届ける役割を持つサンニャーシンの姿を明確に打ち出しました。また、教育の大切さを大いに訴え、女性も教育を受けるべきだとし、そのための努力をされて、今日ではインドでは女性のための学校も多く設立されています。

 

 

 

今年はインド独立の父マハートマ・ガーンディーの生誕150周年とのことですが、かつてマハートマ・ガーンディーはベルル・マトを訪ねた際に、ヴィヴェーカーナンダを評して、次のように述べています。「わたしはスワーミー・ヴィヴェーカーナンダの著作を全部読みました。それによって私の祖国への愛が何千倍にもなりました。若い皆さんがスワーミー・ヴィヴェーカーナンダの精神を少しでも吸収しますように」と。その精神とは、宗教を具現化して一人一人に届くようにしたこと、分け隔てのない慈しみの心を持ち、それを表し行動する勇気、といったことではないかと思います。

 

このように、スワーミー・ヴィヴェーカーナンダは、宗教実践には様々な道があり、各人に適した道があること、また自らの救済だけでなく人々への奉仕も説き、その役割を出家僧にもたらした実践家であったと思います。その根底には人々への慈しみの心が流れていたと考えます。

 

 

 

ご清聴いただき、ありがとうございました。

 

 

 

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忘れられない物語

 

 

 

自分自身に注意を向ける

 

 

 

1の曲芸師がいました。師匠は貧しい男やもめで、弟子はメーダという名の女の子でした。彼らは十分な食べる糧(かて)を得るために、路上で毎日演じていました。

 

 

 

彼らの芸は、少女が師匠の頭の上の長い竹の棒の先までゆっくりと登っている間、師匠がバランスをとるというものでした。師匠があたりを歩いている間、少女は棒の先端でじっとしていました。

 

 

 

2の曲芸師は、けが防止と、演技を完璧にするために、完全な集中とバランスを持続させなければなりませんでした。ある日、師匠が弟子に言いました。

 

「メーダ、聞いておくれ。私は君に注意を向けるので、君は私に注意を向けるのだ。そうすれば、お互いに助け合え、集中とバランスを保つことができ、事故を防げるでしょう」

 

 

 

しかし、少女は賢明だったので答えました、「お師匠さん、私はそれぞれが自分自身に注意向けるほうがいいと思います。自分に注意を払うということは、私たち両方に注意を払うということです。そうすれば私たちはどんなアクシデントも避けて、食べるのに十分なだけ稼げると思います」

 

 

 

解説:この物語は、お釈迦様ご自身によって語られたそうです。自分自身の世話をするということは、他の人のお世話をするためにあなたができる最も重要なことだ、ということを説明しています。

 

 

 

…禅の物語より

 

 

 

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今月の思想

 

 

 

(「信じること」「信念」「信仰」を意味する faithbelief について)

 

faith (信仰)は belief (信念)よりも優れている。

 

belief(信念)は、他の者の考えありきだからです。

 

 

 

R.バックミンスターフラー

 

 

 

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