今月のニュースレター

 

<PDF版>

PDF版(写真入り)は、過去のデータをご覧いただくか

こちらからダウンロードしてください。

*ニュースレターPDF

ヴェーダーンタ協会

日本ヴェーターンタ協会の最新情報

2018年5月 第16巻 第5号

 

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

 

かく語りき―聖人の言葉

 

「常に識別しなさい。自分の外にあるものに気持ちが惹かれていても、それは一時的な存在にすぎないのを思い起こすのです。神様に意識を向けなさい」

 

…ホーリー・マザー・シュリー・サーラダー・デーヴィー

 

「神を見ているかのように神を讃えよ。汝に神が見えなくとも、神は汝を見ておられるからだ」

 

…預言者ムハンマド

 

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

 

今月の目次

 

・かく語りき―聖人の言葉

・2018年7月~8月の予定

・スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ第155回生誕記念祝賀会
ならびに訪日125周年記念祝賀会を東京で開催

・スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ記念祝賀会への祝辞
ラーマクリシュナ・マトおよびラーマクリシュナ・ミッション プレジデント
スワーミー・スマーラーナーナンダ

・スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ記念祝賀会への祝辞
駐日インド大使スジャン・R・チノイ閣下

・2018年4月の逗子例会 午前の講話
「お世話のヨーガ」 スワーミー・メーダサーナンダ

・忘れられない物語

・今月の思想

 

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

 

2018年7月~8月の予定

 

・7月~8月の生誕日

 

7月27日(金) グル・プルニマ

8月9日(木) スワーミー・ラーマクリシュナーナンダ

8月26日(日) スワーミー・ニランジャナーナンダ

 

・7月の協会の行事

 

6月29日(金)~7月1日(日)

神戸・スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ訪日125周年の開催のためスワーミー・メーダサーナンダは逗子に不在です。

 

7月1日(日)

逗子午後例会(第1日曜日開催)はお休みです。

 

7月5日(木)~7日(土)

仙台・ヨーガ療法学に参加のためスワーミーは逗子に不在です。

 

7月10日(火) 14:00〜16:30

『ラーマクリシュナの福音』勉強会(第2火曜日開催)

場所:逗子協会本館

お問い合わせ・お申し込み:benkyo.nvk@gmail.com

詳細は、協会ウェブサイトの「Home」の一番下の方をご覧ください。

※前日までに上記の宛先にメールで予約が必要です。

※日程変更や中止になることがありますので、協会ウェブサイトで事前に確認してください。

 

7月14日(土)~16日(月)

夏期戸外リトリート 

場所:河口湖ホテル「湖龍」

詳細は、協会ウェブサイトのページ左側にあるメニューから「活動」―「戸外夏期リトリート」をご覧ください。

 

7月21日(土) 10:00〜12:00

東京・インド大使館例会  

講義:『バガヴァッド・ギーター』

場所:インド大使館 03-3262-2391

お問い合わせ:http://www.gita-embassy.com/お問合せ/

または gitaembassy@gmail.com

※2018年後期IDカード受け取りの日です。免許証など写真つきの身分証を必ずお持ちください。

※入館・受講するには、大使館発行のIDカードが必要です。詳細は、協会ウェブサイトのページ左側にあるメニューから「インド大使館ID」をご覧ください。

 

7月22日(日)

逗子例会(第3日曜日開催)はお休みです。

 

 

7月27日(金)

ホームレス・ナーラーヤナへの奉仕活動

現地でのお食事配布など

お問い合わせ:佐藤 090-6544-9304

 

7月28日(土) 13:30~17:00

関西地区講話

場所:大阪研修センター

内容:「『バガヴァッド・ギーター』と『ウパニシャド』を学ぶ」

詳細は専用ウェブサイトをご覧ください。 http://vedanta.main.jp/

 

7月毎土曜日 10:15~11:45

ハタ・ヨーガ・クラス

場所:逗子協会別館

お問い合わせ:羽成淳(はなり すなお) 080-6702-2308

体験レッスンもできます。

予定は変更されることもありますので、日程は直接お問い合わせください。

専用ウェブサイトをご覧ください。 http://zushi-hatayoga.jimdo.com/

 

・8月の協会の行事

 

8月4日(土) 10:00〜12:00

東京・インド大使館例会  

講義:『バガヴァッド・ギーター』

場所:インド大使館

お問い合わせ:http://www.gita-embassy.com/お問合せ/

またはgitaembassy@gmail.com

※入館・受講するには、大使館発行のIDカード(2018年後期分)が必要です。詳細は、協会ウェブサイトのページ左側にあるメニューから「インド大使館ID」をご覧ください。

 

8月5日(日) 14:00〜16:00

逗子午後例会  

場所:逗子協会本館

詳細は協会ウェブサイトをご覧ください。

お問い合わせ:benkyo.nvk@gmail.com

※日程変更や中止になることがありますので、協会ウェブサイトで事前に確認してください。

 

8月14日(火)『ラーマクリシュナの福音』の勉強会

場所:逗子協会本館

お問い合わせ・お申し込み:benkyo.nvk@gmail.com

詳細は、協会ウェブサイトの「Home」の一番下の方をご覧ください。

※前日までに上記の宛先にメールで予約が必要です。

※日程変更や中止になることがありますので、協会ウェブサイトで事前に確認してください。

 

8月18日(土) 10:00〜12:00

『ウパニシャド』 スタディークラス

講義:『ウパニシャド』

場所:インド大使館

お問い合わせ:http://www.gita-embassy.com/お問合せ/

またはgitaembassy@gmail.com

※2018年後期IDカードが受け取れます。免許証など写真つきの身分証を必ずお持ちください。

※入館・受講するには、大使館発行のIDカード(2018年後期分)が必要です。詳細は、協会ウェブサイトのページ左側にあるメニューから「インド大使館ID」をご覧ください。

 

8月19日(日) 10:30〜16:30

逗子例会

場所:逗子協会本館

 

8月25日(土) 13:30~17:00

関西地区講話

場所:大阪研修センター

内容:「『バガヴァッド・ギーター』と『ウパニシャド』を学ぶ」

詳細は専用ウェブサイトをご覧ください。 http://vedanta.main.jp/

 

8月26日(日)

サットサンガin浜松

 

お問い合わせ: 加藤happy-yoga@outlook.com

 

8月 毎土曜日 10:15~11:45

ハタ・ヨーガ・クラス

場所:逗子協会別館

お問い合わせ:羽成淳(はなり すなお) 080-6702-2308

体験レッスンもできます。

予定は変更されることもありますので、日程は直接お問い合わせください。

専用ウェブサイトをご覧ください。 http://zushi-hatayoga.jimdo.com/

 

8月のホームレス・ナーラーヤナへの奉仕活動(毎月最終金曜日)はお休みです。

 

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

 

スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ第155回生誕記念祝賀会ならびに訪日125周年記念祝賀会を東京で開催

 

2018年5月19日(土)、日本ヴェーダーンタ協会は、東京都豊島区の南大塚ホールにて、スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ第155回生誕記念祝賀会を開催しました。スワーミージー(スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ)は、1893年9月に米国シカゴで開催された第1回万国宗教会議にインドとヒンドゥ教を代表して参加しましたが、このとき、北米行きの航路の途上で日本に立ち寄りました。今年はこの来日から125年を数え、協会ではスワーミージーの訪日125周年記念祝賀会も併せて開催しました。

 

今年の祝賀会のテーマは「日本とインドの関係とスワーミー・ヴィヴェーカーナンダ」でした。

 

午後1時30分、スワーミー・メーダサーナンダジー・マハーラージ、高木里沙さん、レオナルド・アルバレスさん、シャンティ泉田さん、田邊美和子さんがヴェーダの祈りを捧げ、祝賀会が始まりました。

 

次に、スワーミー・ヴィヴェーカーナンダへの花束奉納の儀式が行われました。舞台上手に飾られたスワーミージーの立ち姿の写真に、ラージ・クマール・スリバスタバ駐日インド大使館首席公使が花束を奉納されました。

 

続いて、マハーラージが歓迎の挨拶を行い、その後、新刊書籍の披露が行われました。初めに、日本ヴェーダーンタ協会の隔月刊行誌『不滅の言葉 特別号』をスリバスタバ公使が披露し、協会の新刊書『実践的ヴェーダーンタ』を上智大学客員研究員 福永正明教授が披露しました。

 

ここで、スリバスタバ公使が主賓のスピーチを行いました。初めに公使は、駐日インド大使スジャン・R・チノイ閣下の心のこもった祝辞(本ニュースレターに掲載)を代読しました。そして、スワーミージーが物理学と形而上学の概念に対し、カルマ・ヨーガとラージャ・ヨーガの概念を織り交ぜながら科学的で先見性のある解釈を行ったことや、スワーミージーの強さに関するメッセージについて話しました。

 

続いて、今年の祝賀会のテーマ「日本とインドの関係とスワーミー・ヴィヴェーカーナンダ」についてスピーチが行われました。初めに福永教授が、「今後の日印関係発展のため」という観点から両国関係を論じました。仏教伝来後「天竺」と呼ばれた仏教発祥の地インドに対して日本人が憧れを抱いていたこと、明治維新後日本の知識人らが留学のため渡欧する途中に立ち寄ったインドは植民地支配の抑圧と貧困にあえぐ憐れな国として彼らの目に映ったこと、日本軍によるコルカタ空襲、第二次大戦後の敗戦国日本に対するインドの積極的な単独講和策など、日本ではほとんど知られていない、あるいは忘れられていた両国間の歴史が数多く指摘されました。そして日印両国が、相互に抱く相手国への「憧れ」を超え、じっくりと互いの社会・人々・思想を学び合い、意見を述べ合い、生活の向上のために手を結び合うことが必要だと述べました。国際的な安全保障を目的とした関係だけでなく、人としての生き方を学び合うことが重要で、優れた思想家であるスワーミージーの教えを学ぶことは大きな意義があるとのことでした。

 

次にマハーラージがスピーチをし、訪日して日本を自身の目で見たスワーミージーがその国家・社会・人々をどのように捉えたかを論じました。また、日印国民の相互交流を切望していたこと、「日本のために何かをしたい」というスワーミージーの遺志が日本ヴェーダーンタ協会(ラーマクリシュナ・ミッション日本支部)創設により実を結んだことにも触れました。

 

プログラムは予定通り進行し、第1部の最後に日本ヴェーダーンタ協会書記の鈴木敦さんがお礼の言葉を述べました。英語の司会の松井ケティ清泉女子大学教授、日本語の司会の横田さつきさんから第2部の文化プログラムについての案内が行われ、約30分間の休憩となりました。休憩中には東京都江戸川区のスパイスマジック・カルカッタから来場者約250名全員にインドの茶菓が配られました。

 

午後3時45分、第2部の文化プログラムが始まりました。初めに、コーラス・グループが賛歌を披露しました。15人程のインド人を中心としたグループが歌った後、協会の日本人信者を中心にした約10人のグループがオリジナルの賛歌を披露しました。そして、ヨーガスクール・カイラス横浜校の大コーラス・グループが歌い、最後に協会のグループと一緒にもう一度歌いました。

 

文化プログラムの最後に、ザ・マユカズ・インディアン・クラシカル・ダンス・グループが、南インドの古典音楽であるカルナティック音楽に洋楽のリズムを取り入れた音楽に合わせてインド古典舞踊をアレンジした踊りを披露しました。

 

全プログラムの終わりに、祝賀委員会書記、日本ヴェーダーンタ協会責任役員のジャグモハン・チャンドラニーさんから御礼の言葉と閉会の挨拶が行われました。

 

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

 

スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ記念祝賀会への祝辞

ラーマクリシュナ・マトおよびラーマクリシュナ・ミッション プレジデント

スワーミー・スマーラーナーナンダ

 

祝辞

 

日本ヴェーダーンタ協会が、スワーミー・ヴィヴェーカーナンダの第155回生誕記念祝賀会ならびに彼の日本訪問125周年を記念した公式祝賀会を2018年5月19日に開き、「インドと日本の関係」についてのスピーチや文化交流プログラムなどを行うことを知り、うれしく思います 。

 

スワーミー・ヴィヴェーカーナンダは日本に対して大きな愛と賞賛を抱いており、日本と日本の人々の素晴らしい資質について何度も述べています。1897年2月に行われたマドラス(現チェンナイ)の新聞『ヒンドゥ』とのインタビューにおいて、日本の人々の偉大さについて次のように述べています。「(日本の躍進の秘訣について質問され)日本人の自分自身への信頼と祖国への愛だ。祖国のためにすべてを捧げる覚悟ができていて骨の髄まで誠実な国民がいれば、そのような国民が立ち上がるとき、インドはあらゆる面で偉大になるだろう」

 

スワーミージーは、インドの若者たちが少なくとも一生に一度は日本に行ってほしいと願っていました。

 

その国と国民を褒めたたえて、マドラスの友人たちに書いた手紙の中で、彼は「日本人は世界で最も清潔な人々です。全てがきちんと整頓されています。ほとんどの通りが幅広く、まっすぐで均一に舗装されています。小さな家々は鳥かごのようで、町や村のほとんどが松の木々に覆われた常緑の丘を背景としています。背が低く色白で風変わりな身なりの日本人は、身のこなしや立ち振る舞いなどの全てが絵のようです。日本は絵になる国です! ほとんどの家には裏庭があって、小さな生け垣、芝生、池、小さな石橋などの日本風の美しい設えが施されています」と書いていました。

 

スワーミージーの有名な著書『The East and The West』の「フランス―パリ」の章において、彼は芸術、文化、祖国の自然と美しさを愛することについて強調し、「そのような自然と芸術への愛は、日本以外のどこでも見たことがない」と述べています。

 

この祝賀会が大きな成功を収めますように、シュリー・ラーマクリシュナ、ホーリー・マザー・シュリー・サーラダー・デーヴィー、スワーミー・ヴィヴェーカーナンダに心からの祈りを捧げます。

 

全ての皆様に祝福がありますように。

 

2018年4月26日

 

スワーミー・スマーラーナーナンダ

プレジデント(僧団長)

 

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

 

スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ記念祝賀会への祝辞

駐日インド大使スジャン・R・チノイ閣下

 

メッセージ

 

スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ第155回記念生誕祝賀会に際し、日本ヴェーダーンタ協会に心からお祝いを申し上げます。偉大な精神的指導者スワーミー・ヴィヴェーカーナンダの説いた普遍原理は、今もなお、世界中の何百万人という人々にインスピレーションを与えています。

 

2. 1893年にシカゴで開催された第1回世界宗教会議にヒンドゥ教代表として参加したスワーミー・ヴィヴェーカーナンダは、間違いなく、インド精神界の最高の大使でした。参加者はヴィヴェーカーナンダが話し始めるやいなや、彼の人間に対する深い洞察、雄弁と圧倒的な人柄に魅せられました。ヴィヴェーカーナンダは異なった宗教を信仰する人々の間の団結、調和の大切さを説き、その思想はアメリカ、ヨーロッパ、インドの聴衆に共感を持って受け入れられました。そうして、ヴィヴェーカーナンダは同時代で最も影響力のある思想家として、国際的に認識されるようになったのです。

 

3. 今年はスワーミー・ヴィヴェーカーナンダがシカゴへの旅の途中、日本に立ち寄ってから125周年にあたります。1893年6月30日から7月14日にかけて、ヴィヴェーカーナンダは神戸、大阪、京都、東京、横浜などの都市を訪問しました。彼は日本と日本国民に深い感銘を受け、「インドの若者全員に、生涯に少なくとも一度は日本に行って欲しいと思う」と述べました。

 

4. ヴィヴェーカーナンダはその素晴らしい生涯において、ヒンドゥ教思想についての著作や講演を通じ、人々に豊かな知識を分け与えました。彼が設立したラーマクリシュナ・ミッションは、今日でも、調和、協力、共存を推進する慈善活動に携わっています。

 

5. 日本ヴェーダーンタ協会が開催される、本日の祝賀会のご成功を祈念申し上げます。また、印日関係強化のための協会のご尽力に対し、心からの感謝を表明します。

 

東京

2018年4月11日

 

スジャン・R・チノイ

 

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

 

2018年4月の逗子例会 午前の講話

「お世話のヨーガ」

スワーミー・メーダサーナンダ

 

お世話のヨーガ、すなわちセヴァ(sevā)・ヨーガと呼ばれるものとカルマ・ヨーガはほぼ同じものです。しかしカルマ・ヨーガには報酬がある場合とない場合があります。たとえば、奉仕するという態度で仕事に行けばそれはカルマ・ヨーガだと言えるでしょう。一方、セヴァ・ヨーガには報酬はなく、見返りに何かを得るという考えはありません。この点を除けばセヴァ・ヨーガとカルマ・ヨーガは同じです。

 

セヴァと世話

 

インドでは普通「カルマ・ヨーガ」という言葉は使わず、「セヴァ」と言います。これは、日本語で「家族の世話をする」などという時の「世話」という言葉と似ています。また、NGOがホームレスや高齢者の「世話」をする、という言い方もありますし、お寺の活動も「お世話」と呼ばれることがあります。インドのセヴァと日本の世話は同じような使い方をします。

 

「世話」という日本語がサンスクリットの「seva」と関係があるのか日本語の辞書を調べてみましたが、特に書いてありませんでした。しかし発音がとても似ているので、この二語には何か関係があるように思えます。日本の仏教にはサンスクリットの言葉が数多く取り入れられていますね。このことから、この二語のつながりは辞書で確認できないけれど、多分何かあるのだろうと感じます。

 

今日のテーマであるお世話について、理論的なことだけではなく、ここにいる私たちの気付きややる気につながるお話をしたいと思っています。

 

ダヤーとセヴァ

 

ラーマクリシュナ僧団の信者さんの間では(国・地域にかかわらず)、他人のお世話をする活動が定期的に行われています。信者は、信仰や霊的な知識・実践、悟りなどに関するアドバイスや指導を受けるだけでなく、お世話をすること、特にできる限り他人のお世話をするようにと勧められます。

 

私たちの僧団になぜセヴァの考え方があるのでしょうか。ドッキネッショルで、ヴァイシュナヴァ(ヴィシュヌ派)の聖典に書かれている信者の三つの印について話をしていた時の、ある有名な出来事があります。この三つの印というのは、「主の御名が好きであること」、「人間に対する慈悲の気持ちがあること」、「信者のお世話をすること」で、ヴァイシュナヴァの聖典からこれらを引用しているときに、シュリー・ラーマクリシュナがこう言ったのです。「なぜ『苦しむ人々への慈悲心』などと言うのか。そうではない、セヴァだ、セヴァ」そして、有名なあの言葉「Shiva Jnāne, Jīva Sevā」(シヴァ ギャーネ、ジヴァ セヴァ)をその場で作って言ったのです。これは、「人々をお世話することはシヴァ神のお世話をするのに等しい」という意味です。シヴァ神は貧しい人々、困っている人々の中にいますから、そうした人々のお世話をせねばなりません。慈悲心とか親切にするとかいうのではなく、お世話をするのです。言葉にはニュアンスというものがありますが、たとえば、「dayā(ダヤー)」と「sevā(セヴァ)」にはニュアンスに違いがあります。ダヤーは慈善行為とか慈悲や親切心を表すという意味ですが、セヴァは謙虚に奉仕を行うことを意味します。セヴァには、愛や尊敬、謙虚さが伴うのです。

 

たとえば、信者が「神様のダヤーをしています」と言うことは絶対にありません。(笑い)「シュリー・ラーマクリシュナのダヤーをしています」なんておかしいでしょう。神様には「セヴァをする」のです。違いが分かりますか。セヴァという行為は愛や尊敬、謙虚さを以て神様を喜ばせるということですが、ダヤーにはこのようなニュアンスはなく、上位の者が下位の者に対して慈悲の行為を行うというニュアンス、上から見下ろす感じです。セヴァはちょうど逆で、下位の者が上位の者に対して行う行為というニュアンスがあります。だからシュリー・ラーマクリシュナは、「シヴァ ギャーネ」の後に「ジヴァ セヴァ」と付け加えたのです。シヴァ神に対してはセヴァの気持ちが必要です。そうでないとダヤーとセヴァが同じということになってしまいます。やることは同じでも、気持ちや態度が違うのです。

 

お世話と悟り

 

その時その場にはたくさんの信者がいましたが、その中に、シュリ-・ラーマクリシュナから最も賢いと思われていたスワーミージー(スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ)もいました。スワーミージーは「今日は素晴らしいことを学んだ。その時が来たら、このことを全世界に知らしめよう」と言いました。シュリ-・ラーマクリシュナが「シヴァ ギャーネ、ジヴァ セヴァ」と言うのを皆が聞いていましたが、弟子の中でスワーミージーの他に誰もこの言葉の真意と重要性に気づきませんでした。この教えは、やがてラーマクリシュナ・ミッションの創設という形で実を結びました。

 

ラーマクリシュナ・ミッションとインドの他の僧団とは何が違うのでしょうか。他の僧団のほとんどは、「神を悟ること、真理を悟ること」だけに関心があります。仏教のさまざまな宗派でも、悟りを得るという考えがあるものの、悟りの目的とは関係のない慈善活動や奉仕活動などもたくさん行われています。お釈迦様は人間に対する大きな愛があり、それは「奉仕」と「慈悲」という言葉で表されていますが、それでもこのことは仏教の主な目的や悟りを得ることとは直接関係ありません。しかし、スワーミージーはラーマクリシュナ・ミッションを作ったとき、ミッションのモットーを「Atmano Mokshartham Jagad-hitaya Cha(アートマノ モクシャルタム ジャガッドヒターヤ チャ)」としました。前半の「アートマノ モクシャルタム」は「自己を悟る」という意味で僧団や宗派のモットーによくあるものです。一方、後半の「ジャガッドヒターヤ チャ」は「人々を助け人類に善をなす」という意味です。このモットーの英語の定訳は「For one's own salvation, and for the good of the world(自身の救済と世界の利益のために)」とされています。「自分を救うこと」と「他人をお世話すること」はどちらかを選べばいいのではありません。これらは二つで一つです。「アートマノ モクシャルタム」は真我を悟ることであり、同時に等しく、人類に奉仕し他人のお世話を一生懸命にする「ジャガッドヒターヤ チャ」なのです。この二つは相反するものではなく、互いに補い合う教えです。

 

従来の僧侶の考えというのは、お坊さんになった瞬間からただ一つの目的、ただ一つのゴールである「悟りを得る」ことだけに関心を向けます。それ以外の活動はどれほど良いものであっても、心を神に定めてひたすら瞑想することの妨げになります。ですから、「他人のお世話をして気が散ることがないよう注意が必要」とされており、こうした行為は避けられます。しかしスワーミージーは、「そうではない、他人に奉仕することは心を乱すどころか悟りを開く助けとなるから一緒に行うべきだ」と言ったのです。スワーミージーの考え方ややり方が違うのは、ここなのです。

 

悟りの道

 

悟りを開く道のりで、「他者を助ける」ことはどう役立つのでしょうか。アートマンは全ての人の中に存在します。聖典には「自身の中にある真我を他者の中に見る者は偉大なヨーギー(ヨーガ行者)である」と書いてありますし、バクティ・ヨーガでは「我々の中にいる神は他者の中にいる神と同じである」としています。私たちはこの考えを学び、しっかりと自分のものにしなければなりません。皆さんは、自分の中にいるのと同じ神様を他の人の中に見ているでしょうか。セヴァ・ヨーガは私たちを試す機会、テストのようなものです。自分に内在する真我を他者の中に見ることができないのであれば、真我の悟りからは程遠いでしょう。ここにいる私たちの中で、シュリー・ラーマクリシュナを自分の好きな人の中にも嫌いな人の中にも見ることができる人はどのくらいいるでしょうか。

 

さらに、悟るためには心を純粋にする必要があります。純粋で清らかにならない限り、内在するアートマンが現れ出ることはありません。純粋になることへの最大の障害はエゴです。他人のお世話をしてみると、エゴがどれほど大きな障害になるかよく分かります。エゴの源はうぬぼれや、嫉妬、期待、執着などですが、セヴァ・ヨーガは、自分にこうしたエゴにどれだけあるかを知るテストと言えます。

 

実践による相互補完

 

自分に内在する真我を他者の中にも見ることができるか。自分にはどれだけエゴがあるか。このセヴァ・ヨーガのテストを受けることは、セヴァ・ヨーガを実践することになるのです。セヴァの精神でセヴァを実践すれば、エゴをなくす助けになります。この二つのテストを受けることが二つを実践することになり、最終的に悟りの助けになります。

 

シュリー・ラーマクリシュナが亡くなった後、スワーミージーはインド各地を旅し、ヒマラヤなどで僧侶や聖者をたくさん見、観察しました。その結果、これらの僧侶のほとんどは「世俗を放棄して瞑想するだけで悟りを得られる」と幻想を抱いている、という結論に達しました。自分に内在する真我を他者の中に見、エゴや利己心などのない純粋な心を得られない限り、単に世俗の放棄と瞑想だけでは決して悟ることはできないのです。スワーミージーはヒマラヤの聖者をたくさん観察してこの結論に達しました。鳥が無限の大空に飛び立つには翼が二つ必要であるように、霊性の求道者も、悟りを得るには瞑想とエゴの消滅という二つの翼が必要です。そうしてはじめて無限の大空に飛び立つことができるのです。

 

ラーマクリシュナ僧団に来る求道者の中には、歯がゆい思いをした人もいます。悟るために僧団に入って僧侶になったのに、長時間瞑想することができない。朝と晩にせいぜい1~2時間瞑想するだけで、後はひたすら仕事、仕事、仕事。「こんなに仕事ばかりするために僧侶になったのか」「5~6時間瞑想をするのではなく仕事をするのか」苛立ってこのように問うのです。最初のうちは、ラーマクリシュナ・ミッションが瞑想と仕事を等しく重んじていることを理解できません。しかしこの二つを大切にする理由は、これらが互いを補い合うからです。悟りの道を進む上で、瞑想や識別、聖典の勉強などはセヴァと相互に補完し合うのです。

 

セヴァの条件

 

セヴァの条件の一つ目は「上下」の考え方をしないことです。これは学歴や家柄、経済的豊かさ、社会的な地位などからどちらが上か下かを考えることを指します。セヴァの実践では、お世話をする相手と自分の立場を絶対に比較しません。しかし、どちらが上か下か、自然に考えてしまうものです。これに対して「私が上なのではない、私が上なのではない」と考えるのは否定的な考え方ですからよくありません。肯定的な対応は「神様がこの人の中にいらっしゃる」と考えることです。自分が上か下かを考えるのではなく、お世話をしている相手の中に神様がいると考えましょう。これが「シヴァ ギャーネ ジヴァ セヴァ」です。

 

二つ目に、セヴァでは区別や差別なくお世話をします。私たちは皆何らかの集団に属していますが、お世話しようとしている相手が自分と違う集団の人でもそれを考えてはいけません。自分の「仲間」である相手には自然と何かしら感情が湧くものですが、仲間でない人に対しては同じ気持ちが持てないものです。宗教も一つのテストと言えます。インドにはたくさんの宗教がありますが、ラーマクリシュナ僧団のヒンドゥ教のお坊さん達が洪水の救援活動を行っているとき、同じヒンドゥ教徒に対しては自然と親切にできます。しかし被災者の多くはイスラム教徒ですから、私たちは区別することなく同じようにお世話をします。

 

三つ目は一番難しいことですが、お世話した相手からの見返りを一切求めないことです。私たちは、セヴァをすることで何かの利益や恩恵を期待します。名声を期待することもあるでしょう。たとえば、お金持ちや企業がNGOなどに多額の寄付をすると、寄付を渡すところを写真に撮って新聞などに公表しますね。寛大であると世間に認めてもらいたいのです。この行為で何かしらの恩恵を企業が得られる、と計算しています。これは社会的に認められ感謝されることを求めている例ですが、一個人のレベルでも少なくとも「ありがとう」の言葉は期待するでしょう。

 

もし私が信者さんに料理をしてあげておいしいと言われたら、嬉しいですね。この行為の裏の深層心理には自然の期待があります。「どうですか?」と聞くのは単に味付けが濃いかどうかを確認しているだけではなく、相手からの感謝に対する潜在的な期待があります。

 

何かをもらったらお返しに「ありがとう」というのは慣習です。当たり前の礼儀であり、文明社会では文化の一部でしょう。全ての行為は、認められ感謝の言葉を受け取ることになっていますし、実際に、お礼を言わないのは失礼だとみなされます。これは社会的慣習です。しかしセヴァの精神では、お金をもらったり認めてもらったりすることだけでなく、一切を期待しません。感謝されることなど考えずにセヴァを行わねばなりません。

 

そして四つ目はさらに難しいのですが、お世話をした相手から批判を受けても気にしないことです。実際にこれは起こり得ます。親切でやったことを感謝されるどころか批判されるのですが、それを気にしたり悲しんだりしない。それがセヴァの精神です。

 

ある物語

 

ラーマクリシュナ僧団でやっているセヴァの素晴らしい例はいくつもあります。昔の聖典にも優れた例がたくさんありますが、現代のセヴァの例としてラーマクリシュナ僧団がやっていること、特にある二人の僧侶が行ったセヴァの例をお話ししましょう。

 

先ほど言ったように、従来の僧団では「お世話」の活動は目標達成の妨げになると考えられていました。これからお話しするのは、スワーミージーの直弟子のうちスワーミー・カリヤーナーナンダジーとスワーミー・ニシュチャヤーナンダジーという二人の僧侶についてです。スワーミージーは行脚(あんぎゃ)僧としてあちこちを旅していたとき、サードゥ(僧侶)は病気になっても誰からも面倒を見てもらえないことに気付きました。薬も手に入らず、医者の手当てや入院のための備えもありませんでした。これは大英帝国の統治下の時代でしたから、搾取の対象であるインド国民が悲惨な状況に置かれていてもイギリス政府はほとんど気に掛けませんでした。ヒマラヤのハリドワールやリシケシのような場所は野生のジャングルに等しく、住んでいるのはサードゥだけで、病院のある所ははるか遠くでした。スワーミージーはこの地域に診療所を開いて病に倒れた人々の力になりたいと考え、カリヤーナーナンダジーを送りました。ハリドワールの近くのカンカルにあるラーマクリシュナ・ミッションはこのようにして始まったのです。お金はほとんどなく、寝泊まりするための小屋と病人のお世話をするための小屋の二つがあるだけのごく小さい組織で始まりでした。スワーミージーが亡くなった後、ニシュチャヤーナンダジーもカリヤーナーナンダジーの活動に加わりました。

 

お金もなく人手もなかったので、食事の支度や病人の世話だけでなくトイレの掃除まで、すべて二人でしていました。一度に面倒を見られる病人の数は多くても10人で、中にはあまりにも容態が悪くて立ち上がってトイレに行くことができない人もいました。ですから、ニシュチャヤーナンダジーとカリヤーナーナンダジーは下(しも)の世話までしなければなりませんでした。他の僧団にもどこにも属さないサードゥたちが手当てを受けによく来ていましたが、世話を受けたにもかかわらずこの二人を「バンギー・サードゥ(bhangi sadhus)」すなわち「掃除坊主」と呼んでいたのです。これは、あいつらは本当の僧侶ではない、汚らわしい雑用係のレベルの僧侶だという意味です。

 

時々、この地域の僧侶にごちそうを振る舞う集まりがありましたが、ニシュチャヤーナンダジーとカリヤーナーナンダジーは一度も招待されませんでした。本当の僧侶ではない、ただの掃除坊主だと考えられていた二人は、僧侶の集団の中に地位がなかったのです。これは、人のお世話をしても、世話をした相手から批判される例としてお話ししています。

 

僧団には大抵リーダーがいて、意見の対立があるとこのリーダーに伺いを立てて解決します。こういうリーダーは学識が豊かで、霊性に優れ、高く評価されている人物です。リシケシにあるカイラス・アシュラムの僧院長だったダンラージ・ギリジはこの地域の僧侶の中でそのようなリーダーとして認められていました。ギリジは聖典をよく知る学者であると同時に、霊性の偉人で、振る舞いの席には必ず招待され最も丁重にもてなされていました。

 

ある時ハリドワールで、特別な食べ物を僧侶に振る舞う「バンダーラ(bhandara)」と呼ばれる大きな宴会がありました。ダンラージ・ギリジがリシケシから招待され、ニシュチャヤーナンダジーとカリヤーナーナンダジーを除く地域の僧侶全員が各地から招かれました。このようなバンダーラは、お金持ちが何かしらのご利益を期待して費用を持つのが普通です。

 

大勢の僧侶が到着して料理が並べられていると、ギリジが、スワーミー・ヴィヴェーカーナンダの弟子の僧侶二人がこの地域に住んで病人の世話をしていると聞いたと言いました。「この方たちはどこにいるのか」と尋ねると、二人は招かれていないと告げられました。ギリジが理由の説明を強く求めると、彼らは掃除坊主だから招かれていないと言われました。この言葉にギリジは大変怒りました。「バンギー・サードゥだと? なぜそんな呼び方をするのだ」すると、他人の汚した後始末をするからだと言われました。「この中に二人から治療を受けて世話をしてもらった者はいるか」とギリジが尋ねると、何人かが「はい」と答えました。汚れ物の始末を誰がしてくれたのかと尋ねると、「あの二人です」という答えが返ってきました。

 

「すると、君たちは具合の悪い時に下の始末までしてもらったのだね。赤ん坊の時、自分の母親から同じように面倒を見てもらっただろう。君たちは自分の母親を『バンギー・マー』と呼ぶのか?」ギリジはその場にいた僧侶たちに、すぐに二人の所に行って宴会に招待するように指示し、彼らが来なければバンダーラは始めないと言いました。

 

直ちに二人のもとに人が送られましたが、ニシュチャヤーナンダジーとカリヤーナーナンダジーはこの地域の僧侶たちから長い間仲間外れにされていたのでバンダーラの招待を断りました。使いの者が戻ってきて招待を断られたことを伝えましたが、ギリジは、二人がいないのならバンダーラは始めないと言いました。どうしても二人に来てもらわねばならず、もう一度人を送って招待すると、カリヤーナーナンダジーは同意したもののニシュチャヤーナンダジーが首を縦に振りません。カリヤーナーナンダジーは一人では行かないと答え、使いの者は二人を連れてくることができませんでした。そこでギリジは自分の秘書を二人のもとにやり、二人が来なければバンダーラは中止されると説明させました。

 

これを聞くとカリヤーナーナンダジーとニシュチャヤーナンダジーは招待を受け入れることにしました。二人が宴席に到着すると、ギリジは皆の前で二人を抱きしめ、二人の足の塵を取りました。このような高僧の行為としてはとても信じられないものでした。ギリジはその場に集まった全員を代表して二人に謝罪の言葉を述べました。その日からこの地域のサードゥらの態度は全く逆になり、どのような集まりや食事の席にも最初に招待されるのはラーマクリシュナ僧団の僧侶になりました。それだけでなく、ラーマクリシュナ僧団にならって従来の僧団のほとんどが、程度の差こそあれセヴァをするようになったのです。

 

このように、私たちの仕事はお世話をする相手からの批判を気にせずにただお世話をするのです。これがセヴァです。

 

(午前の講話はこれで終了)

 

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

 

忘れられない物語

 

鉄眼と一切経

 

黄檗宗(おうばくしゅう)の禅僧・鉄眼道光(てつげんどうこう)は、7千巻近い『一切経(大蔵経)』を開版するという大志を立てた。当時、一切経は中国で印刷されたものあったが、日本には版木がなく印刷することができなかった。(訳者注)

 

鉄眼は日本各地を行脚して資金を集めた。金数百両を布施する裕福な名士もいたが、大半は農民からの数銭の布施だった。鉄眼は金額にかかわらず、布施した者には等しく感謝した。

 

鉄眼は10年以上も行脚を続け、やっと必要な資金が集まった。ちょうどその時、川が氾濫して多くの人々が家を失くし飢えに苦しんでいた。鉄眼は一切経印刷のために集めたお金を全て使って、これらの人々のために米などを購入して飢餓から救った。

 

鉄眼は再び資金集めに取り掛かり、数年後必要なお金が集まった。しかしこの時、大規模な飢饉が発生した。鉄眼は再度、一切経のための資金全てを飢えに苦しむ人々の救済に充てた。

 

鉄眼はもう一度資金集めの行脚に出た。そして発願から約20年後、遂に一切経の発刊に至った。この時の版木は、現在も京都・黄檗山萬福寺の宝蔵院に展示されている。

 

日本の子供たちは、「鉄眼はお経を三版印刷し、最初の二版は見えない経典で三版目より優れている」と教えられている。

 

(訳者注)日本でも、鉄眼に先立って天海(天台宗)が活字を用いた一切経の印刷を試みたが、経典の普及には至らなかったと言われている。

 

(出典:Anthony de Mello著『The Prayer of the Frog』)

 

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

 

今月の思想

 

「水差しは一滴ずつ満ちる」

 

…釈迦

 

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

 

発行:日本ヴェーダーンタ協会

249-0001 神奈川県逗子市久木4-18-1

Tel: 046-873-0428  Fax: 046-873-0592

ウェブサイト:http://www.vedanta.jp  email:info@vedanta.jp