今月のニュースレター

 

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ヴェーダーンタ協会ニュースレター(日本語版)

日本ヴェーターンタ協会の最新情報

2021年 2月 第19巻 第 2

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かく語りき――聖人の言葉

 

清らかさという力よりも偉大な力があるだろうか?

…スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ

 

発言や言葉遣いがきれいで清らかな人は、多くの人をきれいで清らかにする。

…グル・ナーナク

 

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目次

 

・かく語りき――聖人の言葉

・お知らせ

20213月、4 月の予定

20212月逗子

スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ生誕祭

「ヴィヴェーカーナンダの妥協のない真理の力」

スワーミー・メーダサーナンダ

・忘れられない物語

・今月の思想

 

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~お知らせ~

20213月より「ウィークリー・ウパニシャッド・クラス」は月3回、第123水曜日となります。

時間はこれまでどおり、 朝830から45分間の予定です。

 

2021328日をもって逗子午後例会「瞑想と霊性の生活」の勉強会が終了します。3月の勉強会の際は、従来のライブストリーミングはなく、ズームのみとなります。

 

●ズームに関するお問い合わせ、お申込みは下記にメールをお送りください。

zoom.nvk@gmail.com

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20213月、4月の予定

 

3月の生誕日

シュリー・ラーマクリシュナ                 315日(月)

シュリー・ガウラーンガ(シュリー・チャイタンニャ)     328日(日)

4月の生誕日

スワーミー・ヨーガナンダ                  41日(木)

 

3月、4月の協会の行事

 

3月のスケジュール>

317日(水)8:309:15 ウィークリー・ウパニシャッド・クラス

        詳細は☞こちら

       ★Zoomのみ(後日映像をアップ)

321日(日)14:0016:30  逗子例会 

       講話者:スワーミー・ディッヴィヤナターナンダジ

       テーマ:「感動的な逸話」

       ★ライブストリーミング

                     ※3月21日に予定されていたシュリー・ラーマクリシュナ生誕祭は

                   4月4日(日)に変更されました。

328日(日)14:0016:00 逗子午後例会(瞑想と霊性の生活)

       テキスト「瞑想と霊性の生活Ⅰ」はこちら

         講話のまとめは こちら

       Zoomのみ。

       ライブストリーミング、メールによるQ&Aはありません

 

4月のスケジュール>

403日(土)10:3012:00 インド大使館バガヴァッド・ギーター聖典講義

         テキスト「バガヴァッド・ギーター」☞こちら

                  講話のまとめは こちら

       ★後日映像をアップ

404日(日)シュリー・ラーマクリシュナ生誕祭

       ★ライブストリーミング(10:30~、15:00~)

       ※入場制限有

407日(水)8:309:15 ウィークリー・ウパニシャッド・クラス

        詳細は☞こちら

       ★Zoomのみ(後日映像をアップ)

411日(日)14:0016:00 ラーマクリシュナの福音勉強会

       テキスト「ラーマクリシュナの福音」☞こちら

                講話のまとめは ☞こちら

                 Zoom、ライブストリーミング、メールによるQ&A

414日(水)8:309:15 ウィークリー・ウパニシャッド・クラス

        詳細は☞こちら

       ★Zoomのみ(後日映像をアップ)

421日(水)8:309:15 ウィークリー・ウパニシャッド・クラス

        詳細は☞こちら

       ★Zoomのみ(後日映像をアップ)

429日(祝)5:0020:00 アカンダ・ジャパム

       詳細は☞こちら

2021年のアカンダ・ジャパムはコロナ禍につき

ご希望の方はまずお問合せください。

連絡先:vedanta.karmayoga@gmail.com

 

<講話の際のQ&Aについて>

「ラーマクリシュナの福音勉強会」 「逗子午後例会(瞑想と霊性の生活)」では皆様からの質問メールを受け付けております。質問がある方は15:25位までに質問のメールを送ってください。

・送り先:benkyo.nvk@gmail.com

・ご質問の内容は、日本語で、わかりやすい言葉で、短くシンプルにお願いします。

・プライバシーポリシーにより、お名前は公表いたしません。

・講話が始まる前に、質問メールがすぐ送信できるようにご準備ください。

 

<ホームレス・ナラ・ナーラーヤナへの奉仕活動>

日程:通常 毎月 第4金曜日

現地でのお食事配布など。

お問い合わせ:佐藤 urara5599@gmail.com

 

<ハタヨガ・クラス>

日程:通常 毎月 第1、第2、第4土曜日

時間:10301200

レッスンが変更になる可能性もございますので直接、担当講師にご連絡ください。

お問合せはヨーガ教室ホームページをご覧ください。

 

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20212月逗子例会

スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ生誕祭

 

「ヴィヴェーカーナンダの妥協のない真理を伝える力」

スワーミー・メーダサーナンダ

 

スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ(スワーミージー)の話を始めると止まりませんが、時間と空間という制約がありますので、時間どおりに終わらせたいと思います。今、私が言ったことの中に、私たちとスワーミージーの違いがあります。スワーミージーは時間と空間に制限されていなかったのです。

 

 インド人の信者が遅刻すると、日本人の信者は「ああ、インド時間だね」と言ってからかいますが、日本人の中にも「沖縄時間」というものがあります。通訳を担当しているアルバレスさんによると、ベネズエラ人が2~3時間遅れるのはよくあることなので、南米では「ベネズエラ時間」というものがあるそうです。

 

西洋に滞在中、スワーミージーはけっして急いだり走ったりしませんでした。駅に向かう途中、列車に乗り遅れそうなので同行の信者が「急いでください! 早く。列車に乗り遅れてしまします!」と言っても、スワーミージーは「いや、これが私のペースです。走らないよ。もし列車に乗り遅れたら、次の列車に乗ればいいのです」と言って走りませんでした。そこにいた信者たちも、インド人には時間の感覚がないことをからかったようです。そんな言葉に対してスワーミージーの返答はこうでした。 「私たちは永遠の中に生きているのだよ。すべての時間は私たちのものです」

 

ここで私が言いたいことは、私たちは確かに時間と空間によって完全に制限されていますが、スワーミージーは全く別の世界、別の領域に属していたということです。永遠に生きている、というスワーミージーのこの答えを他者が真似て言っても、それは本当のことではないし、適切でもありません。スワーミージーの場合、時間と空間によって制限されていない、というのは100%正しいことです。スワーミージーの兄弟弟子スワーミー・ブラフマーナンダはかつてスワーミージーのことを、最高の真理の意識の状態に定住している人物だ、と評しました。

 

妥協のない真理

 

スワーミージーはヴェーダーンタを説き、弟子たちに手ほどきし、兄弟弟子たちを訓練し、ラーマクリシュナ僧団を設立しました。しかし、それにもかかわらず、スワーミージーの心の大部分は常に時間と空間を超越した状態にありました。スワーミージーの最初の西洋訪問は約4年間で2回目の訪問は約1年間でした。その旅の間、スワーミージーは最高の真理を説きました。西洋の聴衆への説教にはまったく妥協がなく、スワーミージーが真理であると見なすものは何であれ、聴衆がその言葉を許容し受け入れるかどうかなど考慮することなく、説明がなされました。

 

スワーミージーの使命は、人びとを喜ばせることではなく、真理を説くことだったからです。スワーミージーの望みは、西洋の聴衆を暗闇から光へ、無知の暗闇から知識の光へと導くことでした。スワーミージーの望みは、聴衆をヒンドゥ教やいかなる特定の宗派に改宗させることではなく、聴衆のハートを変えることでした。スワーミージーが最高の真理を説いたとき、そのアイデアは西洋の人にはあまりにも新しく革新的だったので、面食らったり驚いた聴衆がいたのも無理はありません。中にはそのアイデアを受け入れ難い人びともいました。このために、スワーミージーに対して厳しく抵抗する人や敵対する人が多くいたのです。さらには嘘をついてスワーミージーの人格を否定しようとする人びとや、スワーミージーをこの世から抹殺しようとする動きまでありました。

 

スワーミージーがこのように宣言した時も人びとは混乱しました。 「おんみ、地上の神々——罪びとたちよ! 人を罪びとと呼ぶことが罪なのだ。それは人間性への変わることのない名誉棄損である」  この発言は非常に革命的でした。それは、私たちは皆罪人であり、教会とイエス・キリストに避難しない限り地獄行きを永遠に運命づけられる、と宣言し強調する教会の教えに反していました。私たちの本性は清らかである、というのがスワーミージーのメッセージでしたから。

 

スワーミージーの発音は続きます。 「さあ、きたまえ、おお、ライオンたち。自分は羊だという迷妄を振るい落としたまえ。おんみたちは、不死であり、自由な霊であり、祝福されている、永遠の魂なのだ」  忘れてならないのは、スワーミージーの西洋の聴衆のほとんどが教会に通うクリスチャンであり、スワーミージーのアイデアは彼らが教会でいつも聞く教えに反するものだった、ということです。そして言うまでもなく、多くのキリスト教の聖職者たちを怒らせました。

 

キリスト教の宣教師は、インド人を無知の暗闇から知識の光に引き上げるためにインドへ行きました。スワーミージーがアメリカで尽力しているときも、西洋の多くの宣教師組織は、インドでの宣教活動を続けるための寄付を定期的に訴えていました。インド人に説教をしてキリスト教へと改宗させるという使命に対して、多くのアメリカ人は実に寛大に寄付しました。宣教師はしばしば、インド人は石を崇拝する、インド人はあらゆる種類の奇妙な像を崇拝する、と言ってあざ笑い、国民全体を迷信だらけの非文明的で無知な人びとだと決めつけました。説教壇から語られる貧しく低いインドのイメージを、アメリカの教会の会衆は容易に信じたのです。もちろん宣教師が語るインドの話を検証するために誰もインドに行くことはありませんでした。だから人びとがヴィヴェーカーナンダの話を見聞きしたとき、このような人物を生み出すことができる文明は、宣教師が語ってきた非文明国家ではない、ということに気づいたのです。仮にインドという国が深遠でも偉大でもないならば、そのような堕落したインド文明からどうやってヴィヴェーカーナンダのような偉大な魂を生み出すことができるでしょうか。スワーミージーの聴衆の多くのキリスト教徒はこのような結論に達したので、宣教師たちのインドに関する悪口のほとんどが、会衆から資金を集めるための偏見に満ちた嘘だということがわかりました。

 

暗闇から光へ

 

西洋のキリスト教宣教師が東洋に行く一方で、スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ自身も東洋からきたヒンドゥ教の伝道者でした。この二者の違いは何でしたか? キリスト教宣教師はインド人を暗闇から光に導こうとし、スワーミージーも西洋人を暗闇から光に導こうとしていました。しかし、この暗闇と光のイメージは、それぞれ観点が違いました。キリスト教の観点で暗闇から光へ導くということは、キリスト教への改宗を意味します。スワーミージーの「暗闇から光へ」とは、ヒンドゥ教に改宗させることではなく、人びとを非真理から真理へ、「非実在から実在へ」へ、と導くことでした。ある宗教から別の宗教へと、ということではなかったのです。キリスト教宣教師とスワーミージーの目的は大きく違っていました。

 

西洋では唯物論者が思想家としてとても人気がありましたが、スワーミージーのメッセージは唯物論者が提唱した考えとはまったく異なっていました。西洋では、ダーウィンの進化論や科学がベースの物質的実証を論拠とする唯物論者の考えが広く受け入れられてきたので、大半の人びとは霊や魂や真我を信じていなくなっていました。すべてのものは、観ることも測ることもできる物質から生じる、と認識していたのです。スワーミージーの考えはそれとは真逆で、すべては物質からではなく霊から生じる、というものでした。先ほど申し上げたスワーミージーの宣言はこのように締めくくられています。 「おんみたちは物質ではない、おんみたちは肉体ではない、物質はおんみの召使いなのである。おんみが物質の召使いなのではない」  私たちは物質ではなく霊です。もし自分は物質である、物質である、と常に考えるならば、考えや行為において、私たちは単なる物質になります。しかしもし、自分は霊である、霊である、と考えるならば、私たちは霊になります。私たちはミルトンの『失楽園』の住人のように楽園を失うのではありません。私たちの本当の状態は楽園そのものなのです。

 

スワーミー・ニランジャナーナンダがラーマクリシュナ僧団の僧侶になる前、青年の趣味の範囲ではありましたが、霊媒師としてかなり優れた存在でした。このことを知ったシュリー・ラーマクリシュナはニランジャンに言いました。 「おまえがお化けや幽霊のことを考えるなら、お前はお化けや幽霊になるのだ。また神のことを考えるのなら、お前の一生は神のようになる」  もちろん、ニランジャンは幽霊になりたかったのではなく、神を悟りたいと思っていました。

 

聖職者たちの嫉妬

 

スワーミージーの言葉と人気は、嫉妬も生みました。スワーミー・ヴィヴェーカーナンダが話すと、社会のあらゆる分野の大勢の聴衆が魅了され、中には支援者や信者となる者もあらわれたからです。説教師たちはこのことに嫉妬し、スワーミージーの人格否定をする者や、さらにはこの世から消し去りたいと望む者までいました。

 

このことを心配して、スワーミージーの命が危険にさらされないようにするために、発言にはもっときをつけてください、と忠告する信者もいましたが、それに対するスワーミージーの答えは意義深いものでした。 「私はニルヴィカルパ・サマーディを経験したのだよ。それに比べると私を脅す人たちは赤ん坊にすぎない。不滅という本性を知る私が、彼らや死を恐れると思いますか?」  スワーミージーはニルヴィカルパ・サマーディを経験し、その霊的な高さはヒマラヤほどの高さでした。それに比べ霊性が幼児程度の聖職者を恐れる必要などあるでしょうか?

 

興味深いのは、スワーミージーはサット・チット・アーナンダ(絶対の存在、知識、至福)というブラフマンの性質をつねに認識していただけでなく、他者をそのレベルにまで引き上げることができた、ということです。このことはスワーミージーが真理の師として他に類を見ない点です。これから、スワーミージーがどのように個々の人の心、または少人数のグループの心、さらには大勢の聴衆の心を引き上げたかを説明します。

 

スワーミージーが人びとを引き上げる力

 

一般的な教師の話を聞いたとき、私たちはその話のいくつかの部分に感動し、その感動はしばらくの間は続くこともありますし、すぐに忘れることもあるでしょう。いずれにせよ、私たちの反応は知的理解をベースとしており、私たちの霊性に触れることも、魂に触れることもありません。しかし、スワーミージーの話を聞いた人びとは、知的理解だけではなく、さらに深遠な影響を受けました。スワーミージーのメッセージはより深くまで届いたので、聴衆の霊的レベルが変化したのです。スワーミージーは人びとの霊性を高めることができました。かつてロマン・ロランは、スワーミージーの講義は死者もよみがえってその話を聞く、と言いました。それに比べて、一般的な宗教の先生が話しても、居眠りをする聴衆さえいます。

 

ほとんどの宗教の先生は私たちに知的に触れることはできますが、スワーミージーのやり方の影響はまったく異なっていました。スワーミージーは人びとの霊性に触れることができたので、人びとが変容したのです。言葉はスワーミージーが霊性を伝える媒体に過ぎませんでした。私の手のひらのリンゴをあなたにあげるとリンゴはあなたの手中に渡るのと同じように、スワーミージーは明らかに他者に霊性を渡すことができました。

 

ある在家信者の経験

 

 今からラーマクリシュナ僧団の本部があるベルル・マトのスワーミージーの部屋で起きたことを話します。ある日、スワーミージーは在家弟子マンマータ・ナート・ガングリに、もし何か質問があるならどうぞ言ってください、と言いました。マンマータ氏は、「私はマーヤーに関するあなたの講義を聞きました。それは心に沁みましたが、私はまだマーヤーを理解していません。どうかマーヤーとは何かを教えてください」と言いました。

 

スワーミージーはしばらく黙ってから「もしそれ以外で聞きたいことがあれば、言ってください」と言いました。スワーミージーはマンマータ氏がマーヤーのことを理解するのは難しいとわかっていたので、他の質問の方がいいと思ったのです。

 

「スワーミージー、私はマーヤーのことより他に質問はありません。スワーミージーのようなブラフマンの知者が私に教えることができないのでしたら、今生で私はわからないままです」   これを聞いたスワーミージーはマーヤーの講義を始めました。 「スワーミージーは早口でしたが、私はスワーミージーの言葉と理論についていきました。少しずつ私の心は感覚器官との接触をなくしました。私は自分の周りの精妙な世界を経験しました。精妙な世界は粗大な世界よりもはるかに素晴らしいものでした。私は目を開けてベルル・マトや木々を見ることができたのですが、目の前のすべてが振動していました。例えば、大火を見上げたときに振動が見えるように、物体は私の目の前で揺れ、振動していました。私はその珍しい経験の時、意識があったので、『私が見ているものは何だろう?』と自問しました」

 

「周りを見合わすと、いたるところが振動していました。ゆっくりとスワーミージーまでが私の視界から消えました。その時もスワーミージーの声は聞こえたのですが、なんとおっしゃっているかはわかりませんでした。それから突然、私は脳内の振動に気づきました。そこには空(くう)だけがありました」

 

「再び、スワーミージーが見え、話しの意味も理解できるようになりました。しかし、私の心は自我を意識しており、もうこれまでのように影響を及ぼさなくなりました。なぜなら私がマーヤーとは何かを知ったからだと思います」

 

「私は自分自身がマーヤーの大海の泡のように感じられ、そこではスワーミージーも別の泡でした。しばらくのあいだ、違いがなくなりました。それは、不可分のチット、つまり広大無辺な意識、以外のなにものでもありませんでした」

 

マンマータ氏の経験は、スワーミージーが話をするだけで人の霊的な意識を高めた一例にすぎません。

 

シスター・クリスティーン

 

もう一つ別の話をします。スワーミージーは、ニューヨーク北部のサウザンドアイランドパークにあった小さなグループの弟子たちに非常に細かく深く教えました。アメリカ人のシスター・クリスティーンはスワーミージーに会うためにそこへ行き、そこで滞在して数々の講義に出席しました。その時の話は後で『インスパイアード・トークス』の中で発表されました。

 

のちにシスター・クリスティーンはシスター・ニヴェディタが運営する女学校を手伝うために、コルカタにきました。ベルルで、ひとりの僧侶がシスター・クリスティーンに言いました。 「シスター、ヴェーダーンタを勉強するには、聖典を読んだり勉強したり瞑想するなどの多くの準備が必要です。あなたはなにも準備をしていなかったのに、どうやってスワーミージーのヴェーダーンタの教えが理解できたのですか?」

 

シスター・クリスティーンは答えました。 「まあ、あなたは何も知らない人のようにお話になるのですね。 まず、私たちを教えたのは誰でしたか? 霊的偉人、ヴィヴェーカーナンダその人ですよ。スワーミージーは話をする前に、私たちの心がヴェーダーンタを理解できるレベルにまで引き上げる、という準備をしてくださいました」

 

シスター・デーヴァマータ

 

シスター・デーヴァマータとして知られるもうひとりのアメリカ人の信者は、アメリカでスワーミージーの話を聞いたときの経験について語りました。スワーミージーが(講演会場に)に到着し、演台に上がって話を始めると、私はすぐに何らかの波動が生じたと感じました。その波動は私の記憶、時間、空間、周りのすべての人びとを流し去りました。突然、自分の周りに空(くう)があるのを感じ、スワーミージーの声だけが、かすかに鳴り響くのが聞こえました。このシスター・デーヴァマータの経験は、マンマータ氏がベルル・マトで経験したことと同じようですね。シスター・デーヴァマータは、閉じられた門が突然開き、そこから無限へとつづく偉大な道がのびているかのようだった、と言いました。

 

マンゴーの木の下で

 

この話も、個々の霊性を高めるという例ですが、スワーミージーはグループ全体の心も一挙に高めることができました。これらの話から、私たちはスワーミージーという霊性の巨人が、聴衆の心にどれほど影響を与えたかということがわかります。スワーミージーは一瞬で彼らの無限なる本性を気づかせることができました。

 

ある日、スワーミージーはベルル・マトのマンゴーの木の下の(キャンバス地の)イスに座っていました。ほかの人びともその周りにいました。そのとき、スワーミー・プレーマーナンダは朝の礼拝の後で、旧シュリー・ラーマクリシュナ寺院の二階から階段を降りているところでした。プレーマーナンダジーは母なるガンジス川を礼拝するための花の入った皿を持っていました。このできごとは理由がはっきりと記録されているわけではありませんが、突然スワーミージーはひとりひとりを指さして「あなたはブラフマン」、「あなたはブラフマン」と言い始めたのです。そしてプレーマーナンダジーのことも指さして「彼はブラフマン」だと宣言しました。

 

スワーミージーが「あなたはブラフマン」と次々と宣言すると、みんなに大きな変化が起きました。スワーミージーの周りにいた僧侶も信者も静止し沈黙しました。それはまるで誰もがその声に合わせて一斉に外界の意識を失い、無限と永遠という真我の本性を目撃したかのようでした。その状態は、スワーミージーが「オーケー、オーケー、さあ、戻ってきたまえ! さあ、バーブラーム(プレーマーナンダジー)、君も礼拝を続けてくれたまえ」と言うまで23分間続きました。その後、皆の心は通常の状態に戻り、再び元の自分になりました。

 

もし我々が一生懸命努力するなら

 

これらの話はすべて、スワーミージー自身が常に至高の存在(Supreme Reality)という本性の意識のうちにいた、という事実だけでなく、短期間ではあるが他者に同じ経験を与えることができた、という事実を立証しています。それだけではありません、スワーミージーの恩寵によるそのような一時的な経験は、それを味わった幸運な人たちが、自分の霊的実践の努力でその経験を取り戻そうとするほどに、彼らを刺激しました。

 

これらのエピソードから理解できるもう一つの重要な点があります。それは、聖典にあるこの種の経験は想像上のものではなく、スワーミー・ヴィヴェーカーナンダやスワーミー・ブラフマーナンダのような偉大な魂だけが経験するというものでもない、ということです。一般的な信者である私たちが自分自身を捧げ、一生懸命努力すれば、絶対にこのような経験をすることができます。

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—忘れられない物語

 

「神は存在する」

 

 ある男がいつものように髪と髭の手入れをしてもらいに散髪屋へ行った。男は散髪屋のおやじと楽しい会話を始めた。二人はさまざまなことをああでもない、こうでもない、と話し合った。不意に会話が神のことに触れた。散髪屋のおやじは言った。 「だんなさん、私は神なんてもんは信じてないんです」

 

「ええ、なぜだい?」

 

「へえ、簡単なことです。表へ出れば神がいないってことがわかりますよ。だってもし神が本当に存在するのだったら、どうしてこんなにたくさん病気の人がいるんですか? 捨て子だっていますよ。ほらね、もし愛の神がいるなら、苦しみも痛みもないはずです」

 

 男は口論したくなかったので、返事はせず黙っていた。髪と髭の手入れが終わり、男が代金を支払って散髪屋を出るまで沈黙は続いた。男が店を出るとすぐに、むさくるしいひげ面でぼさぼさ髪をした人が通りにいるのを見た。それを見てあることを思いついた男は散髪屋に戻り、おやじに言った。「散髪屋のおやじなんて者は、どこにも存在しない!」

 

「ええ、散髪屋のおやじはいないですって? ほら、私は正真正銘の散髪屋のおやじのひとりですよ!」とおやじは言った。

 

「いいや、いない!」と男は主張した。 「もし散髪屋のおやじがこの世にいるのなら、通りにいたような散髪や髭剃りが必要な人間は、ひとりもいないはずだろう!」

 

「なるほど。でもねえ、散髪屋のおやじは絶対にいますよ。そりゃあ、中には散髪屋に行かない人だっているんです」とおやじは言った。

 

「そう、そこなんだよ」と男は言った。

 

無論、神は存在する。しかし、神を求める人や、神のもとへ行く人はほとんどいない。だからこの世には、

こんなにも多くの痛みや苦しみが存在するのだ。

 

…生徒のための英語より

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―今月の思想

 

目的があるところには幸せもある。

…スワーミー・アベダーナンダ

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発行:日本ヴェーダーンタ協会

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