今月のニュースレター

 

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ヴェーダーンタ協会ニュースレター

 

日本ヴェーターンタ協会の最新情報

 

20191月 第17巻 第1

 

※2月27日にアップロードした後、数か所の誤字がございましたので

3月11日に訂正したものを再アップロードしました。

 

 

2019年が皆様にとって素晴らしい一年になりますように。

 

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かく語りき――聖人の言葉

 

 

 

「浄らかな心には、見るもの全てが浄らかに映ります」

 

ホーリー・マザー シュリー・サーラダー・デーヴィー

 

 

 

「最も必要なものは、愛情深きハートである」

 

お釈迦様

 

 

 

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目次

 

 

 

・かく語りき――聖人の言葉

 

20192月~3月の予定

 

201811月の逗子例会 講話

 

「シャンカラーチャーリヤの賛歌~神様に集中する事」第1

 

スワーミー・メーダサーナンダ

 

2018年のクリスマス・イブ礼拝

 

・クリスマス・イブ礼拝 講話

 

「イエス・キリストによる祈りの仕方」

 

レオナルド・アルバレスさん

 

・元旦のカルパタル

 

・忘れられない物語

 

・今月の思想

 

 

 

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20192月~3月の予定

 

 

 

20192月~3月の生誕日

 

 

 

スワーミー・ブラフマーナンダ 2月6日(水)

 

スワーミー・トリグナティターナンダ 2月9日(土)

 

スワーミー・アドブターナンダ 2月19日(火)

 

 

 

シュリー・ラーマクリシュナ 38日(金)

 

シュリー・ガウラーンガ・マハープラブ(チャイタンニャ) 321日(木)

 

スワーミー・ヨーガーナンダ 324日(日)

 

 

 

2月の協会の行事

 

 

 

マハーラージは127日(日)~26日(水)まで訪印のため逗子本部を不在にします。

 

 

 

29日(土) 10:0012:00

 

東京・インド大使館例会

 

講義:『バガヴァッド・ギーター』

 

場所:インド大使館

 

お問い合わせ:http://www.gita-embassy.com/お問合せ/ 

 

またはgitaembassy@gmail.com

 

入館・受講するには、大使館発行のIDカード(2019年前期分)が必要です。更新したIDカードの受け取りなど、詳細は、協会ウェブサイトのページ左側にあるメニューから「インド大使館ID」>「IDカード受け取り方法」をご覧ください。

 

 

 

217日(日) 10:45より

 

スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ生誕祝賀会

 

場所:逗子本部別館

 

10:45 礼拝、アーラティ、花奉献

 

12:30 昼食(プラサード)、休憩

 

14:30 賛歌、輪読、講話

 

16:30 お茶

 

18:15 夕拝、輪読、瞑想

 

 

 

219日(火) 14:0016:00

 

『ラーマクリシュナの福音』の勉強会(通常は第2火曜日開催)

 

場所:逗子協会本館

 

お問い合わせ・お申し込み:benkyo.nvk@gmail.com

 

詳細は、協会ウェブサイトの「Home」の一番下の方をご覧ください。

 

前日までに上記の宛先にメールで予約が必要です。

 

日程変更や開催中止になることがありますので、協会ウェブサイトで事前に確認してください。

 

 

 

2月22日(金)

 

ホームレス・ナーラーヤナへの奉仕活動

 

現地でのお食事配布など

 

お問い合わせ:佐藤 090-6544-9304 または urara5599@gmail.com

 

 

 

2月の毎土曜日 10:1511:45

 

ハタ・ヨーガ・クラス

 

場所:逗子協会別館

 

お問い合わせ:羽成淳(はなり すなお) 080-6702-2308

 

体験レッスンもできます。

 

予定は変更されることもありますので、日程は直接お問い合わせください。

 

専用ウェブサイトをご覧ください。 http://zushi-hatayoga.jimdo.com/

 

 

 

3月の協会の行事

 

 

 

32日(土) 10:0012:00

 

東京・インド大使館例会

 

講義:『バガヴァッド・ギーター』

 

場所:インド大使館

 

お問い合わせ:http://www.gita-embassy.com/お問合せ/ 

 

またはgitaembassy@gmail.com

 

入館・受講するには、大使館発行のIDカード(2019年前期分)が必要です。更新したIDカードの受け取りなど、詳細は、協会ウェブサイトのページ左側にあるメニューから「インド大使館ID」>「IDカード受け取り方法」をご覧ください。

 

 

 

33日(日) 14:0016:00

 

逗子午後例会 

 

場所:逗子協会本館

 

詳細は協会ウェブサイトをご覧ください。

 

お問い合わせ:benkyo.nvk@gmail.com

 

 

 

39日(土) 10:0012:00

 

『ウパニシャド』 スタディークラス

 

講義:『ウパニシャド』

 

場所:インド大使館

 

お問い合わせ:http://www.gita-embassy.com/お問合せ/

 

またはgitaembassy@gmail.com

 

入館・受講するには、大使館発行のIDカード(2019年前期分)が必要です。更新したIDカードの受け取りなど、詳細は、協会ウェブサイトのページ左側にあるメニューから「インド大使館ID」「IDカード受け取り方法」をご覧ください。

 

 

 

312日(火) 14:0016:00

 

『ラーマクリシュナの福音』の勉強会

 

場所:逗子協会本館

 

お問い合わせ・お申し込み:benkyo.nvk@gmail.com

 

詳細は、協会ウェブサイトの「Home」の一番下の方をご覧ください。

 

前日までに上記の宛先にメールで予約が必要です。

 

日程変更や開催中止になることがありますので、協会ウェブサイトで事前に確認してください。

 

 

 

317日(日) 10:30より

 

シュリー・ラーマクリシュナ生誕祝賀会

 

場所:逗子本部別館

 

06:00  マンガラ・アーラティ、聖句詠唱、賛歌朗唱

 

10:30  礼拝、アーラティ、花奉献

 

13:00  昼食(プラサード)

 

14:45  輪読、講話、賛歌、瞑想

 

15:45  特別音楽プログラム

 

16:30  お茶

 

18:00  夕拝、賛歌

 

 

 

322日(金)

 

ホームレス・ナーラーヤナへの奉仕活動

 

現地でのお食事配布など

 

お問い合わせ:佐藤 090-6544-9304 または urara5599@gmail.com

 

 

 

323日(土) 13:4517:20

 

関西地区講話

 

場所:JEC日本研修センター江坂

 

内容:『バガヴァッド・ギーター』と『ウパニシャド』を学ぶ

 

詳細は専用ウェブサイトをご覧ください。 http://vedanta.main.jp/

 

長期にわたって満員で申し込み不可となっておりましたが、大きな会場に移転し、たくさんの方に受講していただけるようになりました。

 

 

 

3月の毎土曜日 10:1511:45

 

ハタ・ヨーガ・クラス

 

場所:逗子協会本館

 

お問い合わせ:羽成淳(はなり すなお) 080-6702-2308

 

体験レッスンもできます。

 

予定は変更されることもありますので、日程は直接お問い合わせください。

 

専用ウェブサイトをご覧ください。 http://zushi-hatayoga.jimdo.com/

 

 

 

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201811月の逗子例会 講話

 

「シャンカラーチャーリヤの賛歌~神様に集中する事」第1

 

スワーミー・メーダサーナンダ

 

 

 

賛歌「バジャ・ゴーヴィンダム(Bhaja Govindam)」の話をする前に、作者のアーディ・シャンカラーチャーリヤ(Adi Shankaracharya)について少しお話ししたいと思います。インド哲学には、非常に有名な哲学者としてシャンカラーチャーリヤ、ラーマーヌジャーチャーリヤ(Ramanujacharya)、マドゥヴァーチャーリヤ(Madhvacharya)の3人がいます。実は、「アーチャーリヤ」とは「先生」に対して使う呼び名なので、そこから「シャンカラ」が「シャンカラーチャーリヤ」となるのですが、この3人のアーチャーリヤは特別な意味の「先生」です。

 

 

 

アーチャーリヤ

 

 

 

シャンカラーチャーリヤ、ラーマーヌジャーチャーリヤ、マドゥヴァーチャーリヤは、それぞれ「非二元論」、「限定非二元論(または限定一元論)」、「二元論」という哲学の学派の提唱者です。ごく単純な説明をすると、これらの学派の違いは「ジーヴァ」(jiva。肉体を持つ魂・真我)と「ブラフマン」(Brahman。絶対者、究極の実在)との関係の捉え方です。マドゥヴァーチャーリヤの説いた二元論では、ジーヴァとブラフマンは完全に別のもので、植物で言えば竹とバンニャンほど違いがあります。ラーマーヌジャーチャーリヤの限定非二元論では、ジーヴァはブラフマンの一部であるとされます。波が海の一部であることや枝が木の一部であるようなものです。そしてシャンカラーチャーリヤの非二元論では、ジーヴァもブラフマンも同一です。木である、という点でリンゴの木もマンゴーの木もバンニャンの木もみな同じ、という考え方です。言い換えると、ジーヴァの本性は、ブラフマンと同じく意識である、ということです。

 

 

 

この3人の哲学者の中でも、非二元論を説いたシャンカラーチャーリヤは最も有名です。8世紀に生まれた人物ですが今でも多くの人々にその名を知られており、インド哲学の学者・研究者の中には程度の差こそあれシャンカラの作品を研究する人が数多くいます。シャンカラの生涯について記した伝記は2030冊あり、どれが最も信頼できるか調べるのは簡単ではありません。どの本にも彼の生涯に起きた奇跡がたくさん書かれており、事実と想像の部分を区別するのが難しくなっています。一部の学者がこれらの伝記を全て研究し、基本的な事柄のいくつかを明らかにしています。シャンカラは西暦788年、南インドの小さな村カーラディ(Kaladi、現在のケララ州コーチ)でシヴァ神の熱心な信者である両親の元に生まれました。

 

 

 

際立つ才能

 

 

 

これから、シャンカラの生涯に起きた出来事をいくつかお話しします。信じがたく思われるものもあるでしょうが、歴史上の人物の中には生まれた時から類いまれな才能を持っている人がいるのを忘れないでください。シャンカラもまさにそのような人物で、たった2歳で文字をマスターし聖典に興味を示し始めました。ヴェーダやヴェーダーンタ、ウパニシャドなどの詩句を学び、さらにそれを暗記しました。3歳のとき父親が亡くなり、以降は母親に育てられました。ブラーミンのカーストだったシャンカラは、ヒンドゥ教の伝統的な通過儀礼として聖糸を授かりましたが、その時まだ5歳でした。ある学者のもとで様々な聖典を学び、自身が偉大な学者となりました。インドには「六派哲学」と呼ばれる6つの伝統哲学がありますが、シャンカラはこの全てを習得したのです。

 

 

 

シャンカラの母親は、プールナー川で沐浴して川から飲み水を持って帰るのが大好きでした。ある日、母親は川に水を汲みに行くとめまいがして気を失ってしまいました。シャンカラは水のためにわざわざ離れた川まで行かねばならない母親が大変心配になり、シヴァ神に祈りを捧げて母親がこのように苦労しないですむようにと頼みました。シヴァの恩寵で、後にプールナー川は流れを変えてシャンカラの家の近くを流れるようになり、母親は沐浴や水のために遠くまで行く必要がなくなりました。シャンカラが8歳の時、結婚の申し出が来ました。この時シャンカラは母親に、自分は16歳までしか生きられないこと、生まれながらにして僧侶であることを話し、サンニャーシーとして生涯を送ることを認めて欲しいと頼みました。しかし母親は、息子への愛情のあまりこの願いを認めることはできませんでした。

 

 

 

ある日、シャンカラが母親と一緒にプールナー川で沐浴していると、突然、大きなワニがシャンカラを襲いました。なんとかワニを追い払おうとしたものの、シャンカラは深い水の中に引きずり込まれてしまいます。母親が悲鳴を上げると、シャンカラは大声で、「お母さん、サンニャーシーになるのを許してくだされば、ワニは僕を逃がしてくれます」と叫びました。母親にとって息子の命はかけがえのないものですから、シャンカラの母親はすぐに「分かりました、許しましょう」と言いました。すると、なんとワニはすぐにシャンカラを放して水中深くへと消えてしまったのです。こうして母親の許可を得たシャンカラは、8歳で家を出ることにしました。ただし母親は、自分の死に際には必ず自分の元に来ると約束してほしい、と条件をつけました。正統な出家の決まりでは、いったん放棄の誓いを立てたら家庭や親との連絡は絶つことになっています。しかしシャンカラは母親の条件に従うと約束して家を出ました。

 

 

 

グル・ゴーヴィンダ

 

 

 

ヴェーダーンタ聖典の偉大な教師にゴーヴィンダ・パダという人がいました。ゴーヴィンダは非二元論を強く信奉する博識な学者でした。シャンカラは彼の元に行き、自分にブラフマンの知識を授けてサンニャーシーにしてほしいと嘆願しました。ゴーヴィンダは少年シャンカラを見ると「何者か」と尋ねました。実はゴーヴィンダはある理論によって、シャンカラが自分の弟子になることが分かっていました。いずれにしてもシャンカラは大変意味の深い答えを返しました。「偉大なる師よ、私は土でも水でもなく、エーテルでも火でも風でもありません。私は感覚ではなく肉体でもありません。私はこれら全てを超えた存在です。私はシヴァです。私はパラマートマンです」ゴーヴィンダは8歳の子供がこのように答えたことに大変驚き、ヴェーダーンタを教えてサンニャーシーにしてやると約束しました。シャンカラはサンニャーシーになるとすぐに熱心に修行を始めました。

 

 

 

暑い日も寒い日も雨の降る日も関係なく、シャンカラは何日もの間、瞑想してサマーディに浸り続けました。このような深い霊的修行の実践に大変喜んだゴーヴィンダは、こう言いました。「息子よ、お前の目的は達せられた。悟りを得て真理を我がものとしたのだ。さあ、遍歴僧としての生活を始めなさい。まずヴァーラーナシーに行くのだ」ここで少し説明しておくと、一般に、ヒンドゥ教の中心地といえばヴァーラーナシーとされています。主要な巡礼地であるこの場所には、僧侶、霊性の説教者、聖典の学者、信者などが数多く住んでいます。こうした人々の信奉する宗教の学派は様々です。ゴーヴィンダはシャンカラに対し、この地に行って人々に非二元論を説き『ブラフマ・スートラ』の注釈を書くように言ったのです。

 

 

 

説教と注釈書の執筆

 

 

 

『ブラフマ・スートラ』は、聖賢ヴィヤーサがヴェーダーンタの非二元論を提唱するという内容で、形式としてはパタンジャリの『ヨーガ・スートラ』のように箴言(しんげん。格言など、教訓的内容を持つ短い句)で構成されています。『ヨーガ・スートラ』はヨーガ哲学に関する箴言集で、ナーラダの『バクティ・スートラ』はバクティ(神への強い愛・信仰)の哲学についての箴言集ですが、同じように、『ブラフマ・スートラ』はヴェーダーンタ哲学に関する箴言集です。これらの箴言集は大変的確ですが、同時に読み解くのが難しく、注釈がなければ普通の人には全く理解できないでしょう。スートラが作られると、後から「バーシャ」(Bhasya)と呼ばれる注釈書が書かれます。例えば、パタンジャリの『ヨーガ・スートラ』の注釈書をヴィヤーサが書いていますね。同じように、『ブラフマ・スートラ』の注釈書『ブラフマスートラバーシャ』(Brahmasutrabhasya)をシャンカラーチャーリヤが書きました。

 

 

 

グルに言われた通り、シャンカラはヴァーラーナシーに行き非二元論を説き始めました。シャンカラの理論と知識の光に強く印象付けられ、他の学派を信奉する学者の多くがシャンカラの弟子になりました。その後シャンカラはインド各地を訪ね、ついにヒマラヤへ行きました。ヒマラヤには、ケーダールナート(Kedarnath)やバドリーナート(Badrinath)などの有名な巡礼地が数多くあります。『マハーバーラタ』を編纂したヴィヤーサもバドリーナートに住んでいたことがあります。バドリカーシャラム(Badrikashram)の静けさと穏やかさに満ちた空気の中で、シャンカラは注釈書を書き始めました。自分が長くは生きられないことを知っていたので、自らの持つ全てのエネルギーと時間をこの仕事に捧げました。

 

 

 

シャンカラの書いたものには3種類あります。1種類目は聖典の注釈書です。『ブラフマスートラバーシャ』の他に『バガヴァット・ギーター』の注釈書も書き、さらに『カタ・ウパニシャド』を始めとする、『ウパニシャド』の中の最も重要な12の聖典についても注釈書を書きました。これらの注釈書は驚くほど深い哲学的思惟と掘り下げた議論を展開していると同時に大変合理的で、この著者がわずか145歳であることにただただ驚嘆するばかりです。

 

 

 

シャンカラの書いたものの2種類目は、ヴェーダーンタ哲学の解説書のようなもので、深遠なヴェーダーンタの理解に役立つものです。最も有名なものとして『ヴィヴェーカチュダーマニ』(Vivekachudamani、「最高の宝石たる識別(The Crest Jewel of Discrimination)」の意)という非二元論の解説書があります。その他、『ウパデーシャサハスリー』(Upadesasahasri、「千の教え」の意)や『サルヴァ・ヴェーダーンタ・シッダーンタ』(Sarva Vedanta Siddhanta、「全てのヴェーダーンタの結論・真髄」の意)などもあります。

 

 

 

賛歌

 

 

 

シャンカラの書いたものの3種類目は、賛歌です。シャンカラの賛歌は、深みがあり美しいだけでなく、なめらかで優しい流れがあるので、自然と繰り返し唱えたくなり、また唱えることで気持ちが高揚します。シャンカラの賛歌の多くはとても有名で、今でもたくさんの人が好んで歌います。「ニルヴァーナ・シャタカム」(Nirvana Shatakam)という歌があるので紹介しましょう。

 

 

 

mano buddhi ahankara chittani naaham

 

na cha shrotravjihve na cha ghraana netre

 

na cha vyoma bhumir na tejo na vaayuhu

 

chidananda rupah shivo"ham shivo”ham

 

 

 

(私は心ではなく、知性でもなく、エゴ(自我)でもない

 

聞く、味わう、嗅ぐ、見るの感覚でもない

 

空でもなく、土でもなく、火でもなく、空気でもない

 

私は常に純粋な至福の意識だ、私はシヴァだ、私はシヴァだ

 

常に純粋な至福の意識だ)

 

 

 

また、「カウピーナ・パンチャカム」(Kaupeena Panchakam)という、出家者に捧げた賛歌もあります。これは「出家僧はとても幸運だ」というくだりで始まります。

 

 

 

Vedantha Vakhyeshu Sada ramantho,

 

Bhikshannamathrena trishtimantha,

 

Vishokamantha karane charantha,

 

Kaupeenavantha Khalu bhaghyavantha

 

 

 

(僧侶は、ヴェーダーンタを学んで常に幸福だ

 

乞食(こつじき)で施された食に満足し

 

心には一片の悲しみもなく、喜びのうちに行脚し

 

腰布を身にまとい、とても幸運だ)

 

 

 

また、「アンナプールナー・ストトラム」(Annapurna Stotram)という賛歌もあります。シャンカラの作ったこのアンナプールナーの賛歌は、ヴァーラーナシーにあるアンナプールナー寺院で毎朝流れます。出だしの部分はこうです。

 

 

 

Nityanandakari varabhayakari saundaryaratnakari

 

Nirdhutakhilaghorapavanakari pratyaxamaheshvari

 

Praleyachalavanshapavanakari kashipuradhishvari

 

Bhiksham dehi kripavalambanakari matanapurneshvari

 

 

 

(おお、アンナプールナー母神よ!慈悲を守護するお方

 

永遠の幸福を授けるお方、才能と守護を与えるお方

 

美の大海なるお方、罪を破壊し浄めるお方

 

偉大なる女神よ、我らに施したまえ)

 

 

 

ある時期、シャンカラはシャクティ(ブラフマンの宇宙の根源力)を信じようとしませんでした。ブラフマンのみを信じ、シャクティを認めようとしなかったのです。シャンカラは、ブラフマンが唯一の実在で他の現象は全て幻に過ぎないと言っていました。その後シャンカラは、ある時ヴァーラーナシーでとても具合が悪くなりガンガーのほとりのガート(沐浴場)に座っていました。とても喉が渇いたので、近くにいた女性に飲み水をもらえないかとお願いしました。女性は「自分で川から水を汲めばいいでしょう」と答えました。これに対しシャンカラが「具合が悪くて、動く力がないんです」と言うと女性は、「なぜでしょう。シャクティを信じていないのですか」と尋ねました。実はこの女性は母神で、シャンカラに「シャクティとは何か」を教えようとしていたのです。シャクティはブラフマンと異なるものではなく、ブラフマンの一面なのだ、ということを教えていたのです。シャンカラの理解には何かが欠けているように見えたので、母神は親切にもシャンカラに教訓を与えたのです。シャンカラは母神の言ったことを正しいと考え、これ以降も非二元論者ではあったけれど、神々を礼拝し信仰する余地を自身の哲学に取り入れました。この例となる賛歌が、「バジャ・ゴーヴィンダム」です。

 

 

 

命が2倍になる

 

 

 

自分は16年の命であると知っていたシャンカラは、書きたいものを全て、急いで書き上げました。伝えられたところによると、『ブラフマ・スートラ』の注釈書に何と書かれているのか知りたくなった聖賢ヴィヤーサが、シャンカラの前に現れたそうです。注釈の内容を聞いたヴィヤーサは大変喜び、ヴェーダーンタを教えるという使命を全うできるようシャンカラにさらに16年の命を与えました。

 

 

 

シャンカラは再びインド各地を旅して、仏教を含め様々な学派の学者に数多く会い、哲学的な議論を行いました。「論破された方がした方の弟子になる」というのを条件に、シャンカラは議論に挑みました。

 

 

 

ここで、シャンカラの生きていた時代の社会的・宗教的背景を説明しておきましょう。当時、ヒンドゥ教の真の思想はほとんど失われており、インド全土に広まっていた仏教が社会や宗教的な考え方に大きな影響を与えていました。しかしこの仏教も純粋な仏教ではなく、大変難解なものになっていたので、哲学者が仏教で言わんとしていること、例えばニルヴァーナ(涅槃、ねはん)などの考えは人々にはほとんど理解できませんでした。また、仏教を装って、タントラのひどく不道徳な慣習が行われるようになっていました。ジャイナ教も大変分かりにくいものになり、ジャイナ教における「実在」とは何かを理解する人はほとんどいませんでした。さらに、ヒンドゥ教の名の下で、儀式が偏重され非道徳的で分かりにくい慣習が形成されていました。こうした中、シャンカラの使命はヴェーダとウパニシャドに基づく真のヒンドゥ教を復活させることでした。この使命を果たすには、他の学派や仏教、ジャイナ教など当時広まっていた哲学の学者を論破する必要があったのです。

 

 

 

ヴィヤーサに言われたとおり、シャンカラは使命を果たすべく一生懸命に働きました。あちこちを訪ねて他の学派の学者を招き、非二元論を深めていきました。また、シャンカラには出家の弟子もおり、弟子たちとともに様々な場所に行ってヴェーダーンタを説いて回りました。さらに各地の王や諸侯、富裕な有力者に対し、病院、食事の配給所など慈善活動のための場所や巡礼者のための宿泊所などを作るよう頼みました。

 

 

 

その他の活動

 

 

 

このような活動をしているとき、シャンカラは突然、自分の母親に死期が迫っていることを感じました。シャンカラは急いで母の元に行き、母の世話をし母のイシュタ(信者が自分で選んだ理想神)であるゴーヴィンダのビジョンを見せてやりました。母が亡くなった時、魂を見送り火葬する儀式を伝統的なやり方で行うつもりだったので、現地の村人たちに手伝いを頼みました。しかし村人たちは、僧侶である者は社会の一員ではないのだからこうした儀式に参列すべきでないという理由から協力してくれませんでした。結局、シャンカラは一人で全てを取り計らいました。

 

 

 

ヒンドゥ教と僧院制度の礎を強化するために、シャンカラはさらに働きました。インド国内の東西南北の地にマト(僧院)を建て、出家僧が生活し礼拝を行うことができるようにしたのです。北はバドリーナートに、南はシュリンゲーリ(Sringeri)に、東はプリー(Puri)に、西はドワーラカー(Dwaraka)に、それぞれ1箇所ずつマトを建設しました。南インドのマイソール(Mysore)にトゥンガバドラー(Tungabhadra)という川がありますが、シャンカラはこの川の土手にシュリンゲーリ・マト(Sringeri Matha)を建てました。東のプリーではベンガル湾沿岸にゴヴァルダナ・マト(Govardhana Matha)を、西は現在のグジャラート(Gujarat)に当たる地域にサーラダー・マト(Sarada Matha)を、北はウッタラーカンド北部のバドリーナートに、アラカナンダ(またはアラクナンダ、Alakananda)川の岸辺にジョーティルマト(Jyotirmath)を建てました。これらのマトはヴェーダーンタ哲学の研究と霊的実践のために、そして東西南北のいずこであろうとインド全土のヒンドゥ教徒を導くために作られ、今日も同じ目的のために存在し続けています。

 

 

 

シャンカラはまた、「ダシャナーミ・セクト」(Dashanami Sect、「10の宗派」の意)と呼ばれる、ヒンドゥ教の僧侶の10の宗派を創設しました。宗派の名前は、ティールタ(Tirtha)、バナ(Bana)、アランニャ(Aranya)、ギリ(Giri)、プリー(Puri)、バーラティ(Bharati)、パルヴァタ(Parvata)、サーガラ(Sagara)、サラスワティ(Saraswati)、アーシュラム(Aashram)です。例えば、ラーマクリシュナ・ミッションの僧侶はプリー派になります。というのも、シュリー・ラーマクリシュナのグルがプリー派のトーター・プリーだったからです。

 

 

 

最後にシャンカラはケーダールナートに行き、ある説によると、洞窟に入って二度と出てこなかったそうです。いずれにしても、予言の通りシャンカラは32歳で亡くなり、ヒンドゥ教を体系化し数々の貴重な書物を後世に残しました。

 

 

 

シャンカラの哲学

 

 

 

シャンカラの哲学の最も重要な点は何でしょうか。先ほどヴェーダーンタには、非二元論(Advaita)、限定非二元論(または限定一元論、Vishishtadvaita)、二元論(Dvaita)の三つの学派があることをお話しました。シャンカラはヴェーダーンタの非二元論の提唱者ですが、この非二元論ではジーヴァとブラフマンが一つだとされています。しかしジーヴァはマーヤーの影響を受けて、自分がブラフマンと同一であることを忘れ、誤って自分を心や体と同一視しています。そして、このことから全ての苦しみや無知が生まれるのです。ジーヴァは、感覚器官で知覚するものが全て幻だということに気付かず、本物だと信じています。エゴによる無知から、ブラフマンの上にこの世界を重ねて見ていて、この世界が唯一の実在であると思い込んでいます。暗い所にいると、ロープが蛇に見えてしまうことがありますね。これはロープの上に蛇のイメージを重ねて見ているからですが、ロープが実在、蛇は幻です。これと同じように、人はこの世界をブラフマンだと思い込んでいて、この世界こそが実在だと勘違いしているのです。本当はこの世界は幻に過ぎません。

 

 

 

シャンカラの助言

 

 

 

シャンカラは、知覚するものを実在だと考えてはいけない、と助言しています。全ては幻であり、ブラフマンだけが実在です。幻を実在だと信じていると苦しみは終わりません。永遠の平安、喜び、知識、自由の源であるブラフマンが実在であると気付けば、全ての苦しみは終わり、絶対の平安、喜び、知識、自由を得られるのです。この真理を得るには、ハートを浄らかにしなければなりません。また、体意識も捨てる必要があります。粗大な体、精妙な体に関わらず体に強く執着している限り、純粋意識であるアートマンを悟ることはできません。アートマンの意識を悟るには体意識を捨てねばならないのです。これは、心、体、感覚を制御することで可能になります。また、真理と実在に考えを集中することも必要です。ヴェーダーンタについて本を読む・学ぶ、実在について話を聞く・瞑想するなどし、実在と非実在、永遠なものと一時的なもの、相対的なものと絶対的なものを識別することで、真理と実在に集中できます。繰り返すと、真理を悟るには「体意識を捨てる」「常に実在について学び瞑想する」「実在と非実在を識別する」という三つの実践が必要です。

 

 

 

シャンカラは賛歌「バジャ・ゴーヴィンダム」の中で、「識別」し「実在に集中」するという二つの霊的実践が大切だとしています。この識別には重要な面がたくさんありますので、次回の講話で一つずつ詳しく説明していきたいと思います。

 

 

 

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2018年のクリスマス・イブ礼拝

 

 

 

20181224日、日本ヴェーダーンタ協会では毎年恒例のクリスマス・イブ礼拝を逗子本部別館にて行いました。

 

 

 

この礼拝のために別館の1階に祭壇が設置され、祭壇の背景の壁には中央にクリスマス・リースが飾られました。また、緑の葉とハイビスカスで鮮やかに彩られた長いガーランドが祭壇の左右の壁に掛けられ、離れた所から見ると祭壇を囲む額のように見えました。全体に赤い布を垂らした祭壇の上段には、イエス・キリストの絵を中央に挟んでシュリー・ラーマクリシュナとホーリー・マザーの写真が置かれました。下段の中央には、シュリ-・ラーマクリシュナが見た途端にサマーディに入ったという『聖母子』の絵の複製が飾られました。

 

 

 

午後7時、祭壇にキャンドルが灯され、スワーミー・メーダサーナンダジー(マハーラージ)がイエス・キリストの特別礼拝を執り行いました。

 

 

 

続いて、クリスマス・キャロル「もろびとこぞりて」を、初めに協会の信者さん、仏教の尼僧さんなど数名がハンドベルで演奏し、次にシンセサイザーの伴奏に合わせて参加者全員が英語と日本語で歌いました。

 

 

 

その後、マハーラージが『新約聖書』の「マタイによる福音書」第181節~15節を英語で朗読し、キリスト教の信者さんが同じ箇所を日本語で朗読しました。

 

 

 

そして、キャロル「神の御子は今宵しも」を初めにレオナルド・アルバレスさんがラテン語で歌い、次に全員が英語と日本語で歌いました。

 

 

 

ここで、マハーラージが上智大学博士課程で勉強中のアルバレスさんを紹介し、アルバレスさんが「イエス・キリストによる祈りの仕方」をテーマに英語と日本語で講話を行いました。時間の都合で、準備していた講話の全てを話していただくことができませんでしたが、割愛した部分を含めて講話全体を本ニュースレターに掲載しています。

 

 

 

講話を終えたアルバレスさんにマハーラージはお礼を述べ、キリスト教会の中には普遍性のない教えを説く所もあるが、イエスの教えそのものは大変普遍的であることを指摘し、次のようにコメントしました。「同じように、ウパニシャドやバガヴァッド・ギーターの教えも普遍的ですが、ヒンドゥ教のさまざまな宗派の中にはそうでないものもあります」「我々の協会では、バガヴァッド・ギーターだけでなく、コーランや聖書も読んでいますが、書いてあることがどれも同じであるのに驚きます。シュリー・ラーマクリシュナは『信仰の数だけ道がある(As many faiths, so many paths)』と言われました。真理は一つで、現れ方がいろいろあるだけです。どの宗教も最終的には同じ所に着きますから、自分の好きな宗教を選んでその道を進み、実践することが大切です。聖典を学ぶだけで実践しないと、ケンカが始まり対立してしまいます。実践すれば、我々は他の宗教の信者を兄弟姉妹として受け入れることができます。ヒンドゥ教の宗派である我々がクリスマス・イブを祝うのは、こういう理由からであり、これが我々のメッセージです」

 

 

 

そして、キャロル「牧人(まきびと)ひつじを」の1番をアメリカ人信者さんが英語で歌い、その後全員が日本語で斉唱しました。続いて、皆で数分間黙想した後、最後に再び全員でキャロル「きよしこの夜」を歌い、プログラムが終了しました。

 

 

 

その後、本館に移動して、プラサードのクリスマス・ディナーを皆でいただきました。この日の参加者は約40名でした。

 

 

 

今回もこの行事のために、祭壇の飾り付けや食事の準備などさまざまな仕事をボランティアの方々にお手伝いいただきました。皆様、どうもありがとうございました。

 

 

 

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クリスマス・イブ礼拝 講話

 

「イエス・キリストによる祈りの仕方」

 

レオナルド・アルバレスさん

 

 

 

今から2千年以上前、古代イスラエルにマリアとヨセフというとても特別なカップルがおられました。2人は婚約していましたがまだ結婚していませんでした。ある日、大天使ガブリエルがマリアの前に姿を現し、マリアが精霊によって身ごもって男の子を生むことを告げ、子供を「イエス」と名付けるよう命じました。イエスとは「神様は救う」という意味です。

 

 

 

数ヵ月すると、マリアが身ごもっているのがはっきりと分かるようになりました。ヨセフは、マリアが精霊によって身ごもったことや大天使ガブリエルからお告げを受けていたことをまだ知らなかったので、マリアとひそかに縁を切ろうと決めていました。しかしその夜、ヨセフの夢にガブリエルが現れて、マリアが身ごもっているのは特別な子供であるからマリアを妻として迎え入れるように告げました。ヨセフはその言葉に従い、喜んでマリアを妻として迎え入れました。

 

 

 

当時、イスラエルはローマ帝国の領土で、皇帝アウグストゥスは全領土の住民に戸籍の登録をさせよという勅令を出していました。さて、イエス様は「ナザレのイエス」と呼ばれていますが、お生まれになったのはどこでしょうか。

 

 

 

父のヨセフはダビデ王の末裔(まつえい)であったため、家系の記録はエルサレムの神殿にありました。家長であったヨセフは、登録のために家族と共にエルサレムに行く必要がありました。マリアはかなり妊娠が進んでいたので、二人は途中の町にしばらく滞在していました。やがてエルサレムに到着する前にマリアが破水し、二人は宿屋に泊まろうとしたのですが、空いている部屋がなかったため近くにあった使われていないうまやに行きました。イエス様はここで生まれ、布にくるまれて飼い葉おけに寝かされました。「ルカによる福音書」では、この時、羊飼いらが天の光に導かれてこのうまやにやって来て、イエス様を礼拝します。他の福音書では、うまやに来たのは占星術の学者たちだとされています。

 

 

 

では、イエス様がお生まれになった町の名は何というのでしょうか。ベツレヘムです。

 

 

 

イエス様がお生まれになった年はいつでしょうか。イエス様の誕生年は西暦の紀元、すなわち0年とされています。ラテン語でこれを「Anno Domini(アンノ・ドミニ)」と言いますが、これは「主の年」という意味で、「A.D.」と略されます。

 

 

 

その後の人生

 

 

 

「新しい王」がイスラエルに生まれたことを耳にしたヘロデ王(現在のイスラエルのあたりに当時あったユダヤ王国の王)は、自分以外に王はあってはならないと考えていたので、この新王を殺そうと考えました。

 

 

 

夢の中でヨセフは、ヘロデ王が亡くなるまでエジプトに避難するように天使から警告されました。王が亡くなると、再びヨセフの夢に天使が現れてイスラエルに帰るように告げました。ヨセフは家族とともにイスラエルのナザレに定住しました。

 

 

 

イエス様が1230歳の間どこにいたのかはよく分かっていません。唯一のヒントは、「ルカによる福音書」252節に書かれている「イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人に愛された」(抜粋。『和英対照聖書 新共同訳』日本聖書協会、2001年。以下同)です。近代における一連の仮説によると、イエス様は福音を述べ伝えるため、アラビアとインドに離散していたユダヤ人のところまで行ったとされていますが、本当のところは「神のみぞ知る!」です。確かに分かっているのは、イエス様が30歳の時にエルサレムに戻って教えを説き始められたということです。

 

 

 

イエス様は天の国が来たことを告げ、悔い改め、罪を許し、聖なる人生を送る必要性についてお教えになりました。また、イエス様はこの世に生きていた時もこの世を去った後も、数え切れないほど多くの人の体と心と魂を癒やし続けられました。イエス様は、その教えが当時のユダヤ人司祭の教えと正反対であったため、「十字架に磔(はりつけ)にせよ」と宣告されて死刑に処されました。けれども、イエス様ご自身は、自分の磔は全人類の罪の許しとしての最高の犠牲であると言い、これらのことは起こらねばならないと最初から知っておられました。

 

 

 

イエス様の祈りについての教え

 

 

 

個人的な解釈ですが、イエス様の祈りについての教えは、人間が本来の神の似姿の状態に戻るための方法であると思います。以下の引用が、それを示す大切な発言です。

 

 

 

1. 「神の国は、見える形では来ない。『ここにある』『あそこに有る』と言えるものでもない。実に、神の国はあなたがたのうちにあるのだ。」(「ルカによる福音書」172021節)

 

 

 

2. エルサレムで神殿奉献記念祭が行われていた時、イエス様はエルサレムの神殿で言われました。「わたしと父とは一つである」(「ヨハネによる福音書」1030節)。そして、詩篇82章(ダビデ王が詠んだ詩)から引用して言い添えました。「あなたたちの律法に、『わたしは言う。あなたたちは神々である』と書いてあるではないか。神の言葉を受けた人たちが、『神々』と言われている。そして、聖書が廃れることはありえない」(「ヨハネによる福音書」103435節)。

 

 

 

そして、「山上の説教」にまとめられているイエス様の祈りについての教えは、これらの発言を実現するための道案内のような指示だと考えます。

 

 

 

イエス様は最初にこう教えられました。

 

 

 

1. 「心の貧しい人は幸いである、天の国はその人たちのものである」(「マタイによる福音書」53節)

 

 

 

「心の貧しさ」は弱い意志をもったり弱虫になったりすることではありません。むしろ、獅子のように勇敢に、「自己意志」(自己決定)を放棄して神様のみ心のみを行うことです。これこそが、天の国です。

 

 

 

2. 「心の清い人々は、幸いである、その人たちは神を見る」(「マタイによる福音書」58節)

 

 

 

「創世記」に、神は人を自分の似姿にお作りになったと書いてあります。日本語の「似姿」という言葉は、「似ている」と「姿」に分解できます。ヘブライ語のこの「姿」を指す言葉「バサルメヌ(Basalmenu)」は「エッセンス、精髄」の意味を持っています。ラテン語ではこれを「イマゴ・デイ(Imago Dei)」と言います。以上のことから、私たちの本質は神であると言えます。しかし、私たちの姿において「似ている」側面は崩れています。アウグスティヌス(古代ローマのキリスト教の神学者)は、罪が霊的な源を有していると指摘しました。それは自己中心的な態度であり、その影響で人は神様から離れ、結果として、人の心は神様から物質次元へ向いてしまい、物質的なものへの欲求によって人間の心の中に肉欲と貪欲が芽生えたのです。

 

 

 

イエス様は、私たちが純粋な心を得るため、肉欲から離れ、お金に対しても無執着でなければならないとお教えになりました。例えば、弟子たちに対し、「みだらな思いで他人の妻を見る者はだれでも、既に心の中でその女を犯したのである」(「マタイによる福音書」528節)、「だれも、二人の主人に仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである。あなたがたは、神と富とに仕えることはできない」(「マタイによる福音書」624節)と言われました。

 

 

 

先ほどの引用にある「神を見る」というのは、神様から離れさせているものを除外して、自分たちの中にある神様の似姿を見るということです。

 

 

 

腹を立ててはならない

 

 

 

「だから、あなたが祭壇に供え物を献げようとし、兄弟が自分に反感を持っているものをそこで思い出したなら、その供え物を祭壇の前に置き、まず行って兄弟と仲直りをし、それから帰って来て、供え物を献げなさい」(「マタイによる福音書」52324節)

 

 

 

「創世記」で言われたことに基づいて「私たちは神様の似姿に作られている」ことに基づいて解釈すると、もし私たちが兄弟姉妹、友人や知人に腹を立てている、または彼らが私たちに対して腹を立てているなら、それは彼らの中におられる神様、そして私たちの中におられる神様が怒っていることとなります。よって、そのような状況下で心は自由に神様に祈ったり物を捧げたりすることができません。

 

 

 

施しをするときには

 

 

 

「見てもらおうとして、人の前で善行をしないように注意しなさい」

 

「だから、あなたは施しをするときには、偽善者たちが人からほめられるようと会堂や街角でするように、自分の前でラッパを吹き鳴らしてはならない」

 

「あなたの施しを人の目につかせないためである。そうすれば、隠れたことを見ておられる父が、あなたに報いてくださる」(「マタイによる福音書」612節、4節)

 

 

 

これは、ユダヤ人の神殿にいた偽善者だけに限らず、現代の人々にも当てはまります。私たちは他人に奉仕をする際に、公にしてはいけません。FacebookInstagramなどのSNSで公開しないようにしましょう。さもないと、純粋な奉仕ではなくなり、私たちの名誉欲に汚されてしまうからでです。ひそかに奉仕をすると、神様は私たちの上に愛を注ぎ、そして自分自身と他人に対して愛を芽生えさせてくださいます。

 

 

 

祈るときには

 

 

 

「祈るときにも、あなたがたは偽善者のようであってはならない。偽善者たちは、人に見てもらおうと、会堂や大通りの角に立って祈りたがる」

 

「あなたが祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れたことをみておられるあなたの父が報いてくださる」

 

「父は、願う前から、あなたがたに必要なものをご存知なのだ。」(「マタイによる福音書」656節、8節)

 

 

 

また、私たちはできるだけ公然と祈らない方がよいでしょう。人前で祈るのは、心のどこかで他人から高く評価されることを望んでいるからであり、名声欲を満たそうとしているに過ぎないのです。イエス様は、自分たちの部屋に入ってドアをロックして、神様以外私たちが祈っていることを知らないようにしなさい、と指示しています。さらに、私たちが祈る前から、神様は私たちが必要としているものが何かを既にご存知である、と指摘しました。では、どうして祈らなければならないのでしょうか。祈るのは、自分たちを神様のみ心と繋げておくため、神様が私たちのために準備されている道を歩むためです。そうすれば、私たちが人生に必要なものは全部与えられます。そのような信仰と神様に全てを委ねる勇気がなければ、それができません。

 

 

 

「だから、こう祈りなさい

 

天におられる私たちの父よ

 

御名が聖となりますように、

 

御国が来ますように

 

御心が天に行われる通り、地にも行われますように

 

私たちの日毎の(超越な)糧を、今日もお与え下さい

 

私たちの罪をお許し下さい、私たちも人を許します。

 

私たちを誘惑に陥らせず、悪からお救い下さい。アメン」(注)

 

 

 

これはとても包括的な祈りです。「天におられる父よ」は、大衆が神様のことを理解するための象徴(シンボル)です。「天」にも、内なる自己と最も高いレベルの意識という意味があります。「御名が聖となりますように」は、私たちは神様の名前を神聖なものとして扱うべきであることを指しており、そうすることによって、神様が私たちの心に降臨するようにと呼びかけることができます。実は、古代イスラエルにおいて、神様の御名の神聖性を犯すことがないように、話す時には「神様」という言葉を用いず「アドナイ」、即ち「その名」という言葉を使うことにしていました。これは、私たちが誰かの名前を呼ぶときにその人に対して尊敬の念を持っていないと、相手は私たちの言うことを聞いてくれないのと同じです。

 

 

 

「御国が来ますように」は、「私の内と皆さんの内にも御国が実現・顕現されるよう」ということを示唆しています。このことは次の「御心が天に行われる通り、地にも行われますように」という文で説明されています。「地」は無知に覆われている体と心のことであり、「天」は神様と合体している完全な状態です。この言葉によって、私たちの自己中心的な側面と不完全なところと、神様の御心と完全性との間にある隔たりをなくすようにと願うことが表されています。

 

 

 

続いて、「私たちの日毎の糧を今日もお与え下さい」とあります。実はラテン語とギリシャ語の原文には、日毎ではなくて「超越的な」糧を下さいと書いてあります。その意味は、私たちが霊的な命を支えるパンを神様に求めるべきであるということです。イエス様はこれに関して「私は天から下って来た命のパンであり、このパンを食べる人は消して死なない」と言われています。

 

 

 

「私たちの罪をお許し下さい、私たちも人を許します」の意味は、私たちは神と他人から慈悲を受けたいなら、他人に対してまず慈悲深く振る舞わなければならない、ということです。「私たちを誘惑に陥らせず」という言葉は、実に謎めいています。なぜなら、神様は私たちを誘惑に陥らせるようなことさえする、と示唆しているからです。しかし、別の観点から解釈すると、「神様、誘惑に陥らないよう私たちの心があなたのみ心から離れないようにしてください」というお願いです。「悪からお救い下さい」とは、神様は全能であるから、お望みなら、私たちの心の中にある悪をたちまち燃やして灰にし、私たちを初めの状態、原罪ではなくて、原浄、すなわち神様の似姿を完全に持っていた最初の状態にお戻しくださることができる、ということです。

 

 

 

ご清聴ありがとうございました。

 

 

 

(編集者注)アルバレスさんが講話の中で引用したこの箇所は「マタイによる福音書」6913節で、『和英対照聖書 新共同訳』では次のように訳されています。

 

「だから、こう祈りなさい。

 

『天におられるわたしたちの父よ、

 

御名(みな)が崇められますように。

 

御国(みくに)が来ますように。

 

御心(みこころ)が行われますように、

 

天におけるように地の上にも。

 

わたしたちに必要な糧を今日与えてください。

 

わたしたちの負い目を赦してください、

 

わたしたちも自分に負い目のある人を赦しましたように。

 

わたしたちを誘惑に遭わせず、悪い者から救ってください』」

 

 

 

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元旦のカルパタル

 

 

 

201911日(火)、日本ヴェーダーンタ協会の逗子本部本館にて毎年恒例の元旦のカルパタルが行われ、大晦日の宿泊者を含め約30名が参加しました。

 

 

 

今年の元旦はスワーミー・シヴァーナンダジーのお誕生日でもありました。午前五時からシュラインで瞑想し、2階の窓で初日の出を拝んでから朝拝を行いました。朝食後、近所の高台まで散歩して湘南の海と富士山を眺めました。

 

 

 

1130分からアーラティ、聖典の朗読を行った後、マハーラージが短い講話を行い時間の大切さに触れました。昼食のプラサードの後、午後2時頃マハーラージと希望者は徒歩で鎌倉に向かいました。

 

 

 

「異なる宗教間の調和」の実践として、高徳院(大仏、仏教)、カトリック雪ノ下教会(キリスト教)、鶴岡八幡宮(神道)に参拝しました。午後七時頃、鎌倉駅で解散しました。

 

 

 

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忘れられない物語

 

 

 

きこりと斧

 

 

 

昔々、ある小さな村に大変正直なきこりが住んでいました。きこりは毎日、近くの森に入って薪を切り出し、その薪を村の商人のところに運ぶのが仕事でした。生活するのにちょうど足りるほどしか稼いでいませんでしたが、きこりは質素な生活に満足していました。

 

 

 

ある日、きこりが川の近くで木を切っていると、斧がするりと手から滑って川に落ちてしまいました。川はとても深く、自分で斧を見つけることなど到底できそうにありません。きこりは他に斧を持っていなかったので、明日からどうやって生活してゆけばいいのだろうかと思い、心配になりました。悲嘆に暮れたきこりが心を込めて祈ると、森の女神が現れました。「息子よ、何をそんなに困っているの?」きこりはたった今起きたことを説明し、斧を取り戻してくださいと女神に頼みました。

 

 

 

女神は川底深くに手を入れると、銀の斧を取り出して言いました。「お前の斧はこれですか?」きこりは斧を見ると、「いいえ、女神様。違います」と答えました。

 

 

 

女神はもう一度川底深くに手を入れ、今度は金の斧を取り出して言いました。「お前の斧はこれですか?」きこりは斧を見ると、「女神様、それも違います」と答えました。

 

 

 

「よく見てごらん、これは大変高価な金の斧ですよ。本当にお前の斧ではないのですか?」

 

 

 

女神の問いに、きこりは答えました。「いいえ、私の斧ではありません。金の斧では仕事ができませんから、私の役には立ちません」

 

 

 

女神はにっこり笑うと、もう一度池の中に手を入れて、きこりの鉄の斧を取り出しました。「お前の斧はこれですか?」

 

 

 

「そうです、これが私の斧です!女神様ありがとうございます」

 

 

 

きこりの正直さに大変感心した女神は、きこりに、鉄の斧だけでなく金と銀の斧も受け取るように言いました。

 

 

 

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今月の思想

 

 

 

「正しいことを行うのに、時を選ぶ必要はない」

 

マーチン・ルーサー・キング牧師

 

 

 

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発行:日本ヴェーダーンタ協会

 

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